島田由香さん(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長)

誰もが生き生きと自分らしく働き、豊かな人生を送るためには、どのような働き方を実現していけばいいのか──。ユニリーバでは、すべての社員が働く場所や時間を自由に選べる新しい人事制度「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」を立ち上げ、働き方の自由度のみならず、生産性も高めることに成功しました。

WAA(ワー)で社内はどのように変わったのでしょうか。WAAの立ち上げに尽力し、現在社外でもWAAを推進中の、ユニリーバ・ジャパン 取締役 人事総務本部長・島田由香さんをライフネット生命にお招きし、「WAA」の道筋についてお話ししていただきました。

■「働き方改革」の目的は?

早速ですが、みなさんは「働き方改革」という言葉から、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。長時間労働の是正、残業時間の短縮、同一労働同一賃金……。確かに、いずれも大事な要素です。しかし、みなさんに考えていただきたいのは、働き方改革の本当の目的は何か、ということです。

先に挙げた要素は、あくまでも目的を達成する手段に過ぎません。しかし多くの人は、手段ばかりに意識を向けてしまって、本当の目的を見失っているように思うのです。

私が考える働き方改革の目的は、「一人ひとりに生き方を決めてもらう」ということ。私たちユニリーバは、その点を明確にして、2016年7月から「WAA」という新しい制度をスタートしました。

「WAA」とは何かというと、「社員が働く場所や時間を自由に選べる制度」です。上司に申請すれば、理由を問わず会社以外の場所で働くことができます。自宅、カフェ、公園、どこでもOK。勤務時間は、平日の6〜21時の間であれば、休憩時間も含めて自由に決めることができます。期間や日数の制限もありません

 1日の標準労働時間は7時間35分、1カ月の標準勤務時間=標準労働時間×所定労働日数とする

■「絶対にやりたい!」と思う人がやらないと、働き方改革は進まない

実のところWAAは、2014年11月から社内に向けて告知していましたが、立ち上がるまでに1年半を要し、当初の計画よりも大幅に遅れました。最大の壁はマインドセットでした。つまり、働き方改革は、本当にやりたい人が進めないとなかなか進まないということです。進める人たちが、何のためにやるかという目的が腹に落ちていて、パッションを持っていること。そこがとても大切なのです。

働き方改革が社会でフォーカスされるようになってから、国内企業ではさまざまな部署ができ、その担当の方たちから多くの相談が寄せられています。しかし、「あなたは本当にやりたいのですか? やらされ感でやっていませんか?」と聞くと、言葉が詰まってしまう人が多いのです。まずは、働き方改革を「自分事」にすること。ここがすごく大切だと思います。

■WAAを始めてから起きたさまざまな変化

働く場所も時間も、自由に選ぶことができるWAAを始めてから約1年半が経ちました。当社ではWAAの効果を社員アンケートで調査していますが、WAA実施後10か月のアンケートでは、75%の人から「生産性が上がった」という回答が得られました。

そのほか、「毎日の生活にポジティブな変化がある」と答えた人が67%、「幸福度が上がった」と感じている人が33%、「労働時間が減った」と感じている人は29%という結果が出ています。

ここで、「どうやって生産性を測っているのだろう?」という疑問が浮かぶ方もいらっしゃるかもしれません。私たちは、脳科学者や生態情報を計測する企業と長期間にわたって議論し、「感覚値でいい」という結論に至りました(生産性については、後編にて詳しくお話しします)。

具体的には、社員アンケートで「WAAが始まる前の生産性を50とすると、今のあなたの生産性は0〜100のうちどこですか」という質問をしています。すると、51以上の数字を答えた人は、全体の75%、49以下の数字を入れた人は5.5%。平均は65でした。つまり、平均30%生産性がアップしていることになります。

生産性が下がったと感じている5.5%の人に、なぜそう感じるのかを聞いたところ、主に二つの理由があることが分かりました。一つは、技術的な問題です。リモートワークをする時、Wi-Fiがつながらないとか、シェアドライブへのアクセスが遅いとか、Skypeの音が切れるといった不満によるものです。

もう一つは、コミュニケーションの問題です。例えば、誰かに質問をしたい時、相手がWAAを利用していて会社におらず、「すぐに直接人に聞くことができない」というストレスによるもの。ただ、情報を得るための手段はたくさんあります。隣にいなくても、電話やSkypeで聞けばいいんです。ですから、この問題はWAAに原因があるというよりも、マインドセットの問題だと言えます。

もちろん業種によっては、個人情報の管理など法律で定められている基準がありますから、時間と場所の制限を取り払えないところもあると思います。守秘義務の問題は、私たちの中でも大きな課題として議論を繰り返してきました。ユニリーバでは、情報管理のノウハウ、万が一の場合の対処法を周知徹底した上で、社員を信頼することにしています。今のところ、それで何の問題も起きていません。

■裏アジェンダは「通勤ラッシュの撲滅」

実際に社員たちは、WAAをどのように使っているのでしょうか。大まかに分けると、「病院・通院・家の用事」「子どもの学校のイベント」「両親や子どもの介護・看護・お世話」「スポーツやジムに行く」「家族と過ごす」「通勤時間の割愛、ラッシュアワーの回避」の6つのカテゴリがあります。

この中で、最も利用度の高いものはどれだと思いますか? 答えは、「通勤時間の割愛、ラッシュアワーの回避」です。「これがないだけで、どれほど心身が楽になるかが分かった」という声をたくさん聞きました。通勤時間がない分、家族と過ごす時間が増えたという社員もいます。

私は、通勤ラッシュほど馬鹿げたことはないと思っています。電車でぎゅうぎゅう詰めの中、ストレスが高まり、ちょっとぶつかっただけで諍いが起こったり、怪我をしてしまったり。嫌な気持ちのままエネルギーを使ってしまい、疲れてようやく会社に着く。そんな状態で、「さぁ、生産性を上げましょう!」と言われても、難しいですよね。みんなのそのエネルギーをもっと違うことに使うべきです。

実は、WAAの裏アジェンダとして「通勤ラッシュ撲滅」があります。これは、私一人では解決できませんし、ユニリーバだけでもできません。多くの企業に意識していただく必要があります。

通勤時間をずらす「時差Biz」もよいですが、それだけではなく、どこでも仕事ができる「場差Biz」もよいと思います。「できない」ではなく、「どうすればできるだろう?」という意識で取り組めば、もっと自由な働き方が実現できるはずです。

■パフォーマンスを上げるには、「自分で選ぶ」ことを繰り返す

WAAを多くの人に分かりやすく伝えるために、私たちはいつも自転車の絵を使って説明します。なぜ自転車かといえば、輪が二つあるからです。一つの輪は、ワークスタイル。働く仕組みや制度を整えようということです。もう一つの輪は、ワークマインドセット。どんな心持ちで働くのか、ということです。運用と捉えてください。

WAAのコンセプトを表す自転車の絵

では、なぜバイクではなく自転車なのでしょうか。自転車は、最初は転んだり、補助輪をつけたりしながら練習しますよね。自分の力でこげるようになったら、自分のペースで、行きたいところに行くことができるようになります。

働き方も同じです。自分の意思と力で動ければ、モチベーションも上がり、ワクワクするし、幸福度も上がります。

WAAがスタートしてから、社員たちから「目的をはっきりさせることができる」、「自分で働くことを選択している気がする」、「時間の使い方を自分の意志で決めている実感がある」といった声が上がるようになりました。

私たちが働き方の選択肢を広げていくと、社員たちは「自分で決める」ということを意識するようになるんですね。私は、NLP(神経言語プログラミング)という脳神経学をベースとしたコーチングも行っていますが、その観点から確信して言えるのは、「自分で決めることが、いかにパワフルか」ということです。

自分で何かを決めると、「エピソード記憶」といって、脳の中で記憶を扱う海馬という部分に残りやすくなります。それは達成感と自己肯定感につながり、毎日繰り返されると自信を持つことができます。

自分で目的を選び、自信を持って自分の強みを発揮しているとき、確実に高いパフォーマンスを出すことができます。そういう瞬間こそ、生産性が最大限に高められているときなのです。

(つづく)

<プロフィール>
島田由香(しまだ・ゆか)
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長。
1996年慶応義塾大学卒業後、株式会社パソナ入社。2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士取得、日本GE(ゼネラル・エレクトリック)の人事マネジャーを経て2008年ユニリーバ入社。R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを歴任し、2013年取締役人事本部長就任、翌年より現職。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー。日本の人事部HRアワード2016 個人の部・最優秀賞受賞。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/横田達也