お金に対して無頓着で、投資や年金の話題にもほとんど興味がないというアラサーの女性会社員が、今回の相談者。いまは生活に特に困っていないし、結婚する予定もなく、お金に対して切迫した気持ちが持てないそうです。でも、もし将来のためにしておくことがあるとしたら何なのか。その問いかけに黒田さんが切り込みます。はたして、その回答は……?

【相談】
元気に仕事をしていて、それなりのお給料をもらっているアラサーの会社員です。高給取りではありませんが、お金には困っていないし、結婚の予定もゼロ。家族を持とうという気持ちがそもそも薄いので、投資や年金の話題にも興味がわきません。iDeCoとかNISAとか言われても困るというのが正直なところです。そんなにお金って必要になるのでしょうか? こんな私が将来のためにしておいたほうがいいことがあれば、何なのでしょう。教えてください! 黒田先生。
(30代・女性)

■幸福な人生を送ってきた人

いますね、こういう方。アラサーで、仕事も意欲的にこなしていて、お金の心配がまったくない。素晴らしいことだと思います。私が思うに、とても幸福な人生を送ってこられた方ではないでしょうか。

別に嫌味じゃありませんよ。お金の心配なしにここまで来られたというのは、非常にラッキー。幸せなことです。

でも、ちょっとだけ言わせてください。私、相談者さんのように生きてきて、60代、70代に突入し、にっちもさっちも行かなくなったというケースがあることを知っているんです。

黒田尚子さん(黒田尚子FPオフィス代表)

60代、70代ってまだずいぶん先のことだと思いますか? いいえ、時間が経つのはあっという間。年齢を重ねれば重ねるほど、時間の経過を早く感じるようになりますからね。

ともかく、先輩たちの例をちょっと聞いてみてください。

■病気で身寄りがなくて預貯金もない

私のところに相談に来られた60代の女性は、ただいま乳がんの治療中です。しかも、20年以上前に発症したがんが再発して、ステージⅣ。定年退職を迎える際に、病気を理由に継続雇用を選択しなかったので、お仕事もやめています。再発がんと言うと、余命いくばくもない…といった印象を持たれるかもしれませんが、そんなことはありません。ご本人も「まだまだ死ぬ気はしない」と苦笑いしながら、おっしゃっておられました。逆に、これからも生きられそうだから、今後の生活をどうしようか困るのです。

独身で、預貯金はほとんどありません。最初にがんが見つかったとき、そんなに長生きするとは思っていなかったから、「収入は、人生を楽しむためにほぼ使い切ってきた」とのことです。ご両親も亡くなっていて、お兄さんもすでに他界されています。お住まいは持ち家ですが、すぐには売れそうもないし、頼れる身内もいない。本当にどうにもならない状況です。

ご本人いわく、「30代のときに、まさか自分がこうなるとは。まったく思いもしませんでした」。

相談される私としても途方に暮れるケースです。「将来のことは考えていなかったの?」という言葉がのどまで出かかってはいますが、いまさら言っても仕方がありません。病気と向き合いながら、家計をやりくりして暮らしていくのが精一杯です。

この女性の話、極端な例だと思いますか? 意外にそうでもないのです。似たような境遇の方から相談を受けたことは何度もあります。

こうした方たちの相談を受けて感じるのは、不測の事態に遭遇しても、人間とはなかなか生活レベルを落とせないんだなということです。これまでの生活水準をなんとか保ちたいし、保つことで、「自分はまだ大丈夫」と思いたい、周囲からも思われたい。そのため、ますます家計が苦しくなっているのは、どなたにも共通していました。

■楽天主義と楽観主義は違う

私は、楽天主義と楽観主義は違うと思っています。以前、『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見 一郎/古賀 史健:著 ダイヤモンド社)という本で、とても流行ったアドラー心理学の考え方です。アドラーは、この2つの違いをこう定義しています。楽天主義は、何が起こっても大丈夫。悪いことは起こらないと考えて、何もしない。楽観主義は、何とかなるかどうか分からないけれども、とにかくできることをやろうとする。似ているようですが、最初の出発点が違うのです。

楽観主義は、現実を直視して、できるだけ正確に分析・理解して、しかるべき手段を取った上で、どーんと構えて、あとはポジティブに考えて過ごすというスタンスです。それに対して、楽天主義は、現実を甘く見ているところがあります。アドラーは、人生に向き合う姿勢は楽観主義であるべき、と説いていますが、私もそうだと思います。防衛策を取っているのといないのとでは大違い。自衛をしていれば、本当の意味で明るく前向きに過ごせます。

相談者さんにはピンとこないかもしれませんが、やはり備えがあると強いんですよ。何がいいって、選択肢の幅が広がります。

例えば、がんになったとしましょう。仕事をやめて治療に専念するのか、仕事を続けながら治療を受けるのか。備えがあれば、どちらも選べます。お金がないからという理由で、本当は選びたい道を諦めなくて済むんですね。

人生は選択の連続です。会社員も自営業も自由業も、選ばなければならない場面が本当にたくさん訪れます。

そのとき、目に前に広がっている選択肢を自由に選べたほうがいいと思いませんか? そのために必要になるのはお金。ご本人のやる気やマンパワーも大切ですが、やはり詰まるところはお金なのです。

■天引きでまずは100万円を貯めてみては

もし相談者さんがいまお金に困っていないし、お金の話題には興味も持てないし、貯金する目的も取り立ててないというのであれば、まずは100万円を貯めてみませんか。すでに、それくらい持っているというのなら、300万円です。とにかく、「まとまったお金」を持つということです。

会社員なんですから、天引きにして、気がついたら100万円貯まっていたという形に持っていきましょう。

お金が100万円単位で、ある程度の額になれば、誰でも「これを使って何をしようか」などと夢を膨らませたくなるものです。もちろんすぐに使わなくても構いません。お金が貯まれば、やれることの選択肢が広がるのですから。

「お金」と「時間」は密接な関係があります。若くて時間がたっぷりある間は、時間を使ってお金を節約できますし、年をとって時間がなくなってくれば、お金を使って時間を節約できるのです。人生を自由に楽しむためには、お金と時間を上手にコントロールする力が欠かせません。

相談者さんはあまり結婚したい気持ちもないとのこと。それはそれで一つの生き方です。ただ、人はひとりでは生きていけません。お金だけ持っていても、それがケアしてくれるわけではありませんからね。人の縁をつないでおくことが大切です。

でも、人間関係のメンテナンスにはやはりある程度の備えが必要なんですよ。孤独死と孤立死は同じではありません。人は誰でも死ぬときは一人。孤独に死んでいくという意味では、誰もが孤独死なのかもしれませんが、社会との接点がない孤立死はつらいです。

死ぬときの話なんて、相談者さんにとってはまだまだ遠い先のことかもしれませんが、何をするにしても備えはあった方がいい。興味が湧かなくても特に目的がなくても、まずは貯金からはじめてください。備えあれば憂いなし。お金がなくて困ることはあっても、ありすぎて困るものではありませんからね。

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ) 1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。SEとしておもに公共関係のシステム開発に携わる。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
●黒田尚子FP オフィス

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子