写真左:柏木秀行さん(飯塚病院 連携医療・緩和ケア科部長)、右:森亮介(ライフネット生命保険 代表取締役社長)

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という言葉を知っていますか? 人生の最期にどんな過ごし方を望むのか。私たちひとりひとりが家族や医療者との話し合いを通して、自分の価値観に合った治療やケアの方針を共有しておく取り組みのことです。

自分では意思決定ができない状況になってしまった“もしも”のときにそなえて、最期の過ごし方について話し合っておくことは、とても大切なこと。しかし、「元気なうちから終末期の過ごし方を話し合っておきましょう」と言われても、ほとんどの人には難しいのではないでしょうか。

自分にはまだ関係ない、先延ばしにしておきたい……。「終わり方」について考えるというのは、よほどのきっかけがないと真剣に向き合うことを避けたい話題でもあります。だから、アドバンス・ケア・プランニングは、誰しもが重要だとうなずける取り組みでありながらも、普及に課題を抱えている面もあるのです。

そんなアドバンス・ケア・プランニングについて考えるきっかけをくださったのは、福岡県の飯塚病院で緩和ケアに取り組んでいらっしゃる、医師の柏木秀行さん。なんと、ライフネット生命のご契約者さまです。

日々、終末医療のあり方について考えてきた柏木さんが、「ライフネット生命に提案したいことがあります」という声を寄せてくださったことから、ライフネット生命社長の森亮介との対談が実現。アドバンス・ケア・プランニングと生命保険の意外な接点についてうかがいました。

■医療の専門家と一緒に考え、大切な人と共有する

森:最初にこのお話をいただいたときにはびっくりしました。

柏木:本当ですか。


森:ライフネット生命は比較的ご契約者さまとの距離が近い生命保険会社だと思いますが、それでも「商品に関して提案があるので話を聞いてほしい」と言われたのは初めてのことなので、今日はすごく楽しみにしていました。所属されている飯塚病院は福岡県ですよね? 遠方からわざわざありがとうございます。

柏木:いえいえ。ライフネット生命さんが創業したときからのファンなので、森社長とお会いできてうれしいです。今日の提案というのは、アドバンス・ケア・プランニングに関することです。これに取り組む方の保険料を安くすることで、自分の人生に向き合うことを促す。そういった保険商品が必要じゃないかと思いまして、こうして時間を作っていただきました。

森:なるほど、興味深いです。

柏木:我々の医療の現場では、重病で意識がなくなってしまう方がおられます。そのときに「人工呼吸器をつけた延命治療をするかどうか」といったご本人が希望する医療内容を、事前にご家族などの周りの方と話し合っておいてほしいのです。

もちろん、元気なうちにすべての可能性を考慮して、これとこれはやってくれと決めるのは非現実的です。とはいえ、いつまでも話し合う機会がないと、いざというときにはご家族の方が「先生にお任せします」ということになり、本人の意向を尊重することができません。

だから今は世界的な潮流として、自分で意思を伝えられないときに備えて、医療やケアについての考えをご家族や医療者と共有しておく、アドバンス・ケア・プランニングという取り組みが広がっているんです。その上で、具体的な医療内容である延命治療を望まないといった事前指示を決定しておられる方もいます。これは治療内容に関することだけでなく、「自分は延命治療よりも家族と穏やかに過ごすことを望む」とか「治療の痛みなどで苦しまずに過ごすことが大事」といった、価値観に関することも含んでいます。


森:世界的な潮流とおっしゃいましたが、これは日本でも広まっているのですか?

柏木:認知度としてはまだまだですね。ただ、国もこの重要性は認識していて、2018年11月から厚労省の肝いりで、「人生会議」という愛称のもと、アドバンス・ケア・プランニングの普及を促す活動を行っています。とはいえ、ほとんどの人はこの言葉自体を聞いたこともないと思います。そういう人に向けて、僕の尊敬する先生がよくカレーにたとえて説明するんですね。

カレー専門店に来たお客さまに、「具体的な香辛料の種類を決めて」と伝えても、香辛料を指定してもらうのは難しいですよね。でも、お客さまも、「甘いやつ」「辛いやつ」「ヘルシーなやつ」とか、ふわっとしたイメージなら伝えることはできる。この話を終末期医療の現場にしてみれば、お客さまが患者さんで、カレー屋さんが僕ら医療者です。

医療者は患者さんが希望するイメージを聞いて、専門家として具体的にカスタマイズして提案する。そういう共同作業を人生の中で繰り返し行っていくのがアドバンス・ケア・プランニングです。ひとりで作成する遺言書やエンディングノートとは違うものなんです。

森:ひとりではなく、専門家と一緒に話し合うことが大事だ、と。

柏木:そうです。もちろんご本人とご家族だけでも取り組めるのですが、病気に関連することは専門知識や経験のあるアドバイザーと一緒に取り組んだ方が良いかと思います。それで具体的に希望する医療内容が決められそうであれば、無理のない範囲で記録に残し、ご家族や友人といった自分の終末期に関わる人たちと共有していきましょう、というものです。

■話し合うことの大切さはわかっていても、行動するきっかけがない

柏木:ただ、現状は普及のために乗り越えなければならない難所が2つあって、それがライフネット生命さんにぜひご提案したいと思った理由です。ひとつは関係者とシェアすることの難しさです。たとえば、僕が外来の患者さんと話し合った記録を持っていたとしても、ほかの医療機関とスムーズに連携することが難しいのです。というのも、医療機関同士の連絡って、未だにFAXが主流なんです。

森:それは意外でした。

柏木:医療の現場って、実はまだまだアナログな側面も残っている業界なんです。でも、ライフネット生命さんのようにITを強みとする生命保険会社であれば、本人の事前許可を取っておいて、たとえば保険金の請求が来た際にアドバンス・ケア・プランニングのドキュメントを指定した人に送ることもできるのでは、と考えたんです。

森:確かに、医療保険であれば、第一義的な受取人は自分ですが、万が一、自分が動けなくなったときのために、あらかじめ指定代理請求人というものを設けておくことができます。それを誰にしようかと考えることは、自分にとって大切な人のことを考える瞬間でもあると思います。ただ、自分の人生に関する意思決定を委ねる人は誰か、と考えるのは、なかなかに重い決定ですよね。

柏木:おっしゃるとおりです。だから、みんな切迫した状況になってから初めて話し合うのです。これが2つ目の難所です。実際に、人生の最終段階の医療について、「考えたことがある」という人は、国民の約6割に達します。しかし、終末期の過ごし方について家族や医療者と具体的に話し合ったことがある人は、たった2.7%しかいないんですよ※。

 

厚生労働省 平成30年3月「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書」より

森:ギャップがすごく大きいんですね。

柏木:多くの人が考えるべきだとわかっているのに、なぜ取り組まないかというと、56%の人が「話し合うきっかけがなかったから」と答えています。これが最大の要因です。一方、「何が話し合うきっかけになるのか」という質問には、これも半数以上の人が「自分や家族の病気」と答えています。つまり、自分ごととして考えられるきっかけがないと、なかなか話し合えない人が大半なんです。

日常生活の中で自分の“万が一”に向き合う瞬間は滅多にない。でも、生命保険はそれを自動的に作ることができます。これは我々、医療者にとっても重要なことです。

というのも、医師の主導でアドバンス・ケア・プランニングをやろうとしても、そもそも患者さんが切迫した状況にならないと相談に来ない。今この治療をしないと亡くなってしまうかもしれないという状況では、本人もご家族もじっくり考える余裕がないですよね。ごくたまにですが、延命治療をするかしないかということを医療者や行政が議論すると、「医療費を減らしたいのでしょう?」とおっしゃる方もいます。

だから、我々は本人に終末期のことを話す準備が整っているかどうか――これを「レディネス」と呼んでいます――そこが前提としてあるかに注意しています。相手に受け入れる準備がなく、いきなり「あなたは人生の最期をどう過ごしたいですか?」と聞いても、かえってストレスになってしまうこともあります。

しかし、生命保険について考えるときは、自分と、自分が大切な人の将来について考える時間ですよね。この時間が我々医療者にとって、大きなチャンスなんです。ライフネット生命さんにとっても、本気でお客さま一人ひとりの生き方を応援する生命保険会社というメッセージを打ち出すことができる。どちらにとってもバリューがあるのではないかと思い、今回提案にまいりました。

森:ありがとうございます。

■生命保険会社が推進する「健康増進」との共通点

森:お話をうかがって、我々の抱えている課題とすごく似ていると思いました。サービスを提供する側として、「これはお客さまにとって必要なものだ」という思いがあっても、まずその必要性に気付いてもらうことが難しいのです。

柏木:熱心に生命保険を勧めても、「それはあなたたちが儲かるからでしょう?」といわれてしまいますよね。

森:そうなんです。だから、「レディネスが大切」というのは、本当に生命保険と似ています。

柏木:生命保険とアドバンス・ケア・プランニングの組み合わせというのは、僕が調べた限りで海外に事例がなく、もし実現できたら世界的にもユニークな取り組みになると思います。それに多くの人は、人生の最期の時間を集中治療室(ICU)で過ごして、家族とも会えずに死んでいくなんてことは望んでいないんです。事実として。

先ほどのデータを見ていただくとわかるのですが、「積極的な治療に取り組み、少しでも長生きしたい」ということを最優先に置いている人は、意外と少ないのです。全体の半数にも達しません。一方、もっとも多い回答としては、「家族の負担にならずに」「自分が過ごしたい場所で」「経済的な心配がなく」過ごす方が重要と答えています。

でも実際には、ほとんどのケースで集中治療が行われ、そこに多くの時間と人員が費やされています。当然、患者さんが負担する医療費も高額になります。患者さんにも、病院にとっても不幸なミスマッチです。そのたびに僕は「これは誰のためなんだろう?」って思うんです。

森:今お話されたことは、我々の業界でいう「健康増進」の取り組みに近いと思います。「お金のやり取りをするだけでなく、生命保険会社が、お客さまが健康でいるためのサポートをしていく」施策です。本当は、お客さまが健康でいられることが第一なんです。そうすれば、病気やケガにかかるお金も抑えられて、健康の大切さもわかる。その関係性の中で、もしものときに備える重要性が伝えられるといいんですよね。

柏木:予防医療の推進みたいなことですね。

森:まさにそうです。アドバンス・ケア・プランニングも、終末期にかかる医療について自主的に決めておくことで、ご契約者の方がご家族に経済的な負担をかけすぎず、幸福に生きることにつながる。一見遠いようでいて、目指すところは健康増進の取り組みと非常に近いと感じました。

■終末期のサポートをすることで、生命保険の新しい価値が生まれる

森:これだけ柏木さんがアドバンス・ケア・プランニングに注目するようになったのは、何かきっかけがあるのでしょうか?

柏木:やはり現場の経験が大きいですね。僕らは救急の仕事もしていますが、高齢の方が意識のない重篤な状態で搬送されてきたとき、集中治療室で必死に治療したけれどうまくいかなった、ということもあります。そのときに「これで本当に良かったのかな」と思うわけですよ。ご家族は「よくやってくれました」と言ってくれるけど、本当は集中治療室じゃなく、家族のもとで過ごしたかったんじゃないか。本人が望んでない治療をして、負担ばかりをかけてしまったんじゃないか。そう思ってしまうんです。

それに本人の意志を示すものが何もないと、治療内容の決断が、ご家族にとって非常に辛いものになってしまいます。自分の親の治療内容を、息子や娘が決めなければならないというのは、とても大きなストレスです。

森:親が意思決定できない状況になって、「息子さん、どうしますか?」と言われたときの心境を考えると……。「もう延命治療はいいです」とは簡単に言えないですよね。

柏木:まさにそのとおりで、本人の意志を示すものが何もない中で、「やりますか、やりませんか」ということになると、「とりあえずやってみましょう」ということになりやすい。でも、本人が何を望んでいるかという記録があれば、その思いを参照して判断することができます。だから、アドバンス・ケア・プランニングは本人のためだけでなく、遺される家族のためのものでもあるんです。ここも生命保険とニーズが重なるポイントだと思います。


森:お話を聞けば聞くほど、生命保険と共通点が多い取り組みです。途中でもちょっと触れましたが、似ているからこそ、抱えている課題も近いところがあります。それはどうやって、この重要な取り組みを“身近”に感じてもらうかということですよね。

我々はずっと「ネット生保」と呼ばれていますが、今では圧倒的多数のお客さまがスマートフォンで加入されます。実態としては、「スマホ生保」です。みなさんのポケットやカバンに入っているデバイスが、我々との接点になっていると考えると、実はお客さまにとってすごく身近な生命保険会社になれるのではないかと感じています。

だったら、ご契約者さまとの接点がお金のやり取りだけになるのはすごくもったいない。毎日持ち歩くものの先に我々がいるので、お金の面でのサポートだけでなく、その先にあるお客さまの生活をどう支えるのかというところまで行きたいと思っています。

そのために我々には何ができるのか? ここ最近社内で話し合っていたのは、主に健康増進に関することばかりでした。でも今日初めて、終末期の過ごし方というのも、時間こそ短いかもしれないけど、人生の幸福度を左右するくらい大切なことなのではないかと気付かされました。そこをサポートするという柏木さんのアイデアは、生命保険の従来とは違う価値を教えてもらった気がしています。

柏木:そう言っていただけると、非常にうれしいです。

森:当社はまだまだ小さな会社ですが、私たちが始めたアクションが業界全体に波及していくということが何度かありました。だから、当社のお客さまだけを対象に考えるのではなく、どうしたら世の中に一石を投じることができるのかを考えて取り組むべき案件だと感じています。まだまだ、いろいろと教えてください。

(後編につづく)

<プロフィール>
柏木秀行(かしわぎ・ひでゆき)
1981年広島生まれ。筑波大学医学専門学群を卒業後、福岡の飯塚病院に初期研修を修了。現在同院緩和ケア科部長として研修医教育、診療、部門の運営に携わる。医療経営と地域のヘルスケアシステムづくりをできる人材になりたいと、グロービス経営大学院で経営学修士を取得。また、社会保障制度のあるべき姿の観点を研修医教育に取り入れたいと、社会福祉士も取得し育成に取り組む。飯塚病院の仕事のほか、複数のヘルスケアベンチャー企業とサービス開発を兼任。緩和医療専門医、総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医・指導医。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
取材・文/小山田裕哉
撮影/村上悦子