パブでスポーツを観ながら飲むビール。スポーツの興奮とアルコールで、赤の他人に気軽に話せるようになる、という効果もありました

パブでスポーツを観ながら飲むビール。スポーツの興奮とアルコールで、赤の他人に気軽に話せるようになる、という効果もありました

イギリス滞在中は、偶然にも、いくつかの「歴史的瞬間」を現地で目にしたので、今回のブログはそれらについて書こうと思います。

■レスターシティ優勝

イングランドのサッカーリーグ「プレミアリーグ」では、1部リーグの残留争いの常連であり弱小チームと呼んでも過言ではないレスターシティというチームが、数々の強豪チームを制して、創立132年目にして初めてリーグ優勝し、イングランド中で大ニュースになっていました。
と言っても、ぼくもサッカーは詳しくなく、どれくらいすごいことなのか分かっていなかったのですが…こんな時に便利なのが、bookmaker、公認の賭け屋です。イギリスでは賭け(betting)が公認されており、街中に点在するブックメーカー(bookmaker)では、日本で想像できるような競馬に限らず、いろいろなことにお金を賭けることができます。
例えば、「ローマ法王がアメリカのメジャーリーグベースボールチームでプレーする」、「エルヴィス・プレスリーが実は生きている」、「ネッシーが今さら発見される」など、ユニークな賭けもありますが、稀な事象であればあるほど払戻金が多くなるのは全ての賭けに共通です。

さて、「レスターシティーリーグ優勝する」という賭けも、もちろんブックメーカーで売り出されておりシーズンが開始した当初、つまり「レスターシティ優勝なんて夢のまた夢」と思われていた頃、レスター優勝の賭けのオッズは5,000倍、つまり100円賭けたら払戻金は50万円になる賭けで、これはかなり稀な事象、ほとんど起こりえないことに賭ける、ということを意味していたそうです。
そんなチームが優勝しそう、となると、やっぱり試合を観てみたくなるものです。イギリスでは、人気の試合があると、パブに大勢のひとが集まるそうで、その混み具合も見にパブに行ってみました。案の定、立錐の余地もないほど混んでおり、ほとんどの人がレスターを応援していました(イギリスにも「判官びいき」があるのでしょうか……)。

そんな中、ハーフタイムにそばのカウンターに座っていたおじさんがぼくに声をかけてきました。曰く、トイレ行きたいんだけど席取られるの嫌だから、トイレに行っている間、座っていてくれない? とのこと。別に損をするわけでもないので、了承したところ、トイレから帰ってきたおじさんは「お、グラス空いてるな。なに飲みたい?」とおごってくれる様子。

というわけで、初めてタダで飲んだビールはレスターシティのおかげ。判官びいきもあり、日本人の岡崎選手も所属しており、もちろんぼくもレスターシティを応援しましたが、1杯のタダビールも応援の理由のひとつです。

■ロンドン市長選挙

5月にはロンドン市長の選挙がありました。次期首相候補とも言われていたボリス・ジョンソン(Boris Johnson)市長が国会議員になったため市長職を辞任することになり、その後釜を選ぶ選挙でした。

結果、当選したのは、ボリスとは異なる党から出馬したサディク・カーン(Sadiq Khan)だったのですが、ニュースを見て驚いたのは、彼がmuslim、つまりイスラム教徒であり、かつ、パキスタン移民であることでした。事実、主要な欧米の首都では初めてのイスラム教徒の長であり、またロンドンでは初めての少数民族に出自を持つ市長だそうです(ご参考)。

頭に浮かんだのは、ロンドンという都市の「懐の深さ」でした。歩いていても、本当に色々な人種とすれ違います。肌の色はもちろんですが、宗教という意味でも、イスラム教やユダヤ教に特有な服装も、東京よりも多く見ました。植民地支配を含むイギリスの過去の外交政策とも深く結びつくことなので単純な比較はできないとは思うのですが、それでも、東京でイスラム教徒の都知事が生まれることはなかなか想像し難いことです。

人種、宗教、性的指向(詳しくは前回の記事をご覧ください)などの多様性のある社会は、もちろん摩擦もたくさんあるのでしょうが、大きなモスク(mosque、イスラム教の礼拝所)が市内にいくつもあるロンドンの包容力を思うと、東京が国際都市と呼ばれるにはまだまだ長い道のりが必要なのかも、という感想も出てきます。

■Brexit国民投票

イギリス滞在中の一番の歴史的瞬間は「イギリスのEU離脱という方針を決定した国民投票」でした。ニュースでは、Referendum(国民投票)という単語とともに、British(イギリス)とExit(出口、転じて離脱)を掛け合わせた造語「Brexit」というトピックで取り上げられていました。

選挙期間に残留派の国会議員が殺されるという悲劇も起きた中、「残留(remain)」ではなく「離脱(leave)」が僅差で勝つという結果に終わりました。
結果だけ見れば僅差の「離脱」の勝利だったのですが、選挙期間中の現地の報道や雰囲気は、後から見れば不思議なほど楽観的で、最後の最後まで「なんだかんだ言っても、結局は、残留派が勝つよね?」というムードに溢れていたように思います。この楽観があったから負けたのだ、とか、ぼくが滞在していたのがロンドン(残留派が多数)だったからそんな雰囲気だったんだろう、と思わなくもないのですが、ぼくが感じた「ムード」を以下に書いてみます。

  • 投票率:BBC(イギリスのNHKのようなTVチャンネル)では「投票率が70%を超えれば、残留派が勝つだろう」という予測を出していました。実際、投票率は72%を超えるほどでしたが、残留派は勝てませんでした。
  • ブックメーカー:前述の賭け屋は、もちろん国民投票でも賭けを行っており、選挙期間中に地下鉄で出していた広告では「7対1(87.5%の確率)で残留派勝利」でした。多くのブックメーカーが「残留派勝利の方が、確率が高い」という賭けを提供していました。
  • 株式市場と為替相場:投票前日のイギリスの株式市場、またイギリスの通貨である英ポンドは、若干の上げがあり、同僚は「市場は、残留派が勝つと予測している、ということだね」と言っていました。
  • ニュース速報:夜10時の開票直後から、ニュース速報では離脱派の得票がリードしていましたが、当初は、いつか逆転するだろう、という雰囲気の報道でした。
  • 離脱派の敗北宣言:開票早々に、離脱派だったある党首はインタビューで敗北宣言を出していました。また、報道によると、離脱派の代表格だった前述のボリス・ジョンソンは、開票日の夜、敗北宣言だけをしたためて床についたそうです。

おもしろいのは、離脱派ですら「自分たちは負けた」と思っていたことです。離脱派すら予想していなかった、意外なことが起こったのです。その後の混乱も、推して知るべし、とはこのこと。開票翌日に出社すると、同僚たちは、きょとんとしていました。もちろん、誰も予想をしていなかった結果だったのです。

ぼくはフランスに留学していた頃、パリでイギリス人主体の草ラグビーチームに加入していました。「British Rugby Football Club in Paris(パリのイギリスラグビーチーム)」という名前のこのチーム、イギリス人以外にも、アメリカ人、韓国人、日本人(ぼくです)、はたまたフランス人までチームに入れてしまう懐の深いチームだったのですが、そのメンバーのひとりが国民投票の後に、チームメンバー宛に以下のような投稿をSNSでしていました。

「Do we have to change the club name now ?(俺らって、こうなったらチーム名も変えなきゃいけないんじゃない?)」

国民投票では、EU離脱の方針が決まっただけで、これから実務的な手続きを進めていくようですが、本当にイギリスがEUから離脱してしまうのか、今でもぼくは疑問です。パリのラグビーチームの名前が変わらないことを祈りつつ、今後のイギリスとEUの展開を見守りたいと思います。

キャプション

国民投票直前の1週間は駅前で「EU残留」のチラシを配る人たち。チラシと一緒にシールも配っており、「I’m in.(私は残留派)」、「Vote remain.(投票は残留に)」というシールをスーツの襟に貼って通勤しているビジネスマンも多く見ました。「政治的意思を対外的に表明する」という行為のハードルが、日本よりも低いように感じます