写真左:稲場弘樹さん(ゴールドマン・サックス証券株式会社 法務部 シニア・カウンセル ヴァイス・プレジデント)、右:藤田直介さん(同社 法務部長 弁護士 マネージング・ディレクター)

上司の藤田さんに自身がLGBTであることをカミングアウトした稲場さんと、それをしっかりと受け止めた藤田さん。

カミングアウトは社内でのコミュニケーションにも業務の生産性にも、予想外の効果をもたらしました。果たしてその変化とは?そして、社会を変えていくために私たちができることは何なのか。ライフネット生命の「ダイバーシティ研修」における二人のカミングアウトストーリーが続きます。
(前編はこちら)

■コミュニケーションが活発になった

──カミングアウト後、部下の稲場さんには何か変化がありましたか?

藤田:明るく積極的になりました。私は毎年、彼の評価を行っています。ベテランの法務部員なので知識はあるし、分析力もありますが、他の部署も巻き込むようなリーダーシップの面で気になるところをずっと感じていて、毎年そう話していたんです。それが変わりましたね。カミングアウト前は、積極性を出したくてもあまり目立ちたくないという意識があったのかもしれません。

それが少しずつ変化して、プロジェクトでも会社の会議でも自ら発信するようになりましたし、いまはLGBTネットワークの共同代表も務めています。

稲場:僕自身、それまでは上司を立てる良い社員だと思っていましたが、人間の基本的でとても重要なことについて隠したり嘘をついていたりしたわけなので、それが私の社内での活動に何かしらの負の影響を与えていたのかもしれません。自分の意見を言ってはいけないとか、目立ってはいけないと考えていたことが仕事の消極性にもつながっていたように思います。

でも、カミングアウトしてからは、いろいろな機会に呼ばれることが増えたし、社内で話をしていると、みな自分の言うことを聞いてくれるんですよ。真剣に耳を傾けてくれたことが他の場面での自信につながりました。

藤田:稲場はそれまで飲み会にあまり参加しなかったんですよ。参加しても話に巻き込まれないように常にはじっこにいる。後から理由を聞くと、「カミングアウトしていないと常に小さなウソをつかないといけないから」だと教えてくれました。どうしてもその場の話の流れで、「彼女はいるの?」とか「週末はどうして過ごす?」とか聞かれたりしますよね。

すると、どうしても小さな嘘をつかなければいけなくなる。でも小さな嘘は自分でも覚えられないから段々矛盾してきて、自分が疲弊してしまう。そのために飲み会に参加しなかったと聞いてはっとしました。

稲場:私生活についてはしゃべらないようにしていたので、回りの人は僕に話しかけにくかったようです。でもカミングアウトしてからはその壁がなくなって、チームの人と打ち解けられるようになりました。

藤田:そう。カミングアウトしてからはコミュニケーションが本当に良くなりましたね。業務の効率の上でもプラスになっています。

■生産性の向上、人間としての成長

──仕事の効率も上がったんですか?

藤田:生産性が上がりました。個人的な実感を数値化すると、カミングアウトした直後の生産性が110%だとすれば、6か月後は150%、2年後は180%でしょうか。ある企業のイベントでいっしょに話す機会があったときには、稲場の話がずいぶんうまくなっているので驚きました。もともと彼は話下手でしたが、つかみもずいぶんうまくなって正直やられたなと(笑)。

本人の生産性が上がると、間違いなくいろいろなところに影響が出ますね。

──部下のカミングアウトを受けた藤田さんにも何か変化はありましたか?

藤田:私は弁護士の中でも企業法務をずっとやっているので、人権や社会正義というテーマに正面から取り組む機会は多くありませんでした。稲場がカミングアウトしてくれて社会をより広く深く知るきっかけを持てました。

それまでは典型的な法務部部長。ひたすら会社の業務だけに励んでいましたが、彼を通じて社会貢献にも取り組むようになり、米国の憲法学者や内外のLGBT活動家の方々、日本・英国の国会議員などいろいろな人と知り合う機会ができました。

2016年2月には他の弁護士や企業法務関係者をLGBT支援に巻き込むため稲場と奔走し、これが現在のLGBTとアライのための法律家ネットワークとなりました。自分で言うのも口はばったいですが、人間として成長できた気がします。

そして去年、社内弁護士として人を巻き込んでLGBTの活動をしていることが評価され、ファイナンシャル・タイムズのアジア・パシフィックイノベイティブゼネラルカウンシル賞(最も革新的な法務責任者賞)を受賞したんですよ。これはうれしかったですね。初めて家族に自慢できることができたと思いました(笑)。

■キーワードは理解すること

──カミングアウトは、これから職場や日常生活の中で誰の身にも起きうることだと思います。何かアドバイスをいただけますか?

稲場:勇気をふるってカミングアウトしてくれた人に対しては「ありがとう」と言ってもらいたいですね。それから、どの範囲でカミングアウトしたいかは本人の希望次第なので、共有してもいいのかどうか確認してほしいと思います。告白したあなたが最初で最後ということもあるかもしれません。

その上で、カミングアウトしたことで嫌なことがあったりした場合には相談に乗る、協力するといった言葉をかけて、アライ(LGBTの人たちを支持・支援している人)だと伝えてほしい。当事者はアライがそばにいるとわかると心強いですから。

藤田:アライとして何ができるのだろうかといつも悩んでいます。キーワードは理解すること・対話することだと考えています。何かに関心を持ったけれど、それについて自分がよく知らないのであれば、まずは理解につとめる。LGBTについていえば、ネットなどを見ると今はいろいろなイベントや研修があるのでぜひ参加してほしいと思います。

それから当事者を支援したいと考えるなら、相手の話を聞くこと。信頼関係があれば、もしまずいことを言ったとしても「それはだめですよ」と教えてくれますから。いろいろな人と話をする機会を極力見つけることが大事ですね。

稲場:カミングアウトできる環境だからといって、誰もがカミングアウトしているわけではありません。共通の友人が職場にいたり、家族とつながりがあったりという人もいます。カミングアウトしづらいという人もたくさんいると思いますが、できる人はカミングアウトして、私といっしょにLGBTのロールモデルとして話をしてくれる人が増えたらうれしいです。

職場でLGBTの課題に対応するとき参考になる書籍や資料。『同性婚 だれもが自由に結婚する権利』には藤田さんが訳した同性婚を憲法上の権利として確立した米国最高裁判決も収録されている

──大事なのは選択できる、ということなんですね。

藤田:はい。カミングアウトする・しないも含めて個人としての選択の自由がある社会を作りたいと思います。米国は宗教的な観点から強く反対する団体もありますが、日本にはそれがない。ただし、LGBTのことを知っている人・理解している人は、まだまだ少ないと感じています。

私自身も稲場が勇気をもってカミングアウトをするまでは知り合いはひとりもいなかったし、会話をする機会もなかったので、どんなことを感じているのか、またどんな困難に直面しているのかイメージがなかった。やはり、知る努力をすることが本当に必要だと思います。

──信頼関係をベースに相手の話を真摯に聞いて理解を深める。それが社会を変えることにつながるんですね。ありがとうございました。

(了)

<プロフィール>
藤田直介(ふじた・なおすけ)
早稲田大学法学部卒業、米国ミシガン大学ロースクール法学修士。1987年弁護士登録。国内法律事務所、米国法律事務所を経て、2009年3月よりゴールドマン・サックス証券株式会社法務部長。同社LGBTネットワーク・MDアライ。LGBTとアライのための法律家ネットワーク(LLAN)共同代表。

稲場弘樹(いなば・ひろき)
京都大学法学部卒、米国ニューヨーク大学ロースクール法学修士。国内金融機関、外資系金融機関を経て、2002年4月よりゴールドマン・サックス証券株式会社勤務。現在シニアカウンセル、ヴァイスプレジデント。同社LGBTネットワーク共同代表。LLAN・理事。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子

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