三田村さやかさん(株式会社リタリコ「コノビー」副編集長)

頑張りすぎるママさんたちを少しでも楽にすべく「頑張らない育児」というキーワードが流行り始めたここ数年。ところが、「頑張らないように頑張る」というおかしな風潮も起こっているようです。本当にその人らしく、その家族らしい、頑張らない子育てとは何なのでしょうか。

子育てメディア「コノビー」副編集長三田村さやかさんは、『本当の「頑張らない育児」』という連載漫画を企画したのちにヒット作に育て上げ、書籍化を実現しました。ライフネット生命の社内勉強会でお話しいただいた「読者を仲間にする」エピソード。前編に続きご紹介します。

■漫画の内容の事前チェック要員として、お父さんたちに協力を仰いだ

コノビーの大人気連載漫画「本当の頑張らない育児」より

「コノビー」で連載を始めた漫画『本当の「頑張らない育児」』は、1話目からいきなり10万PVを超え、大ヒットを予感させるものでしたが、6話目くらいから「怒りの声」が届くようになったのだそうです。

「小さな子どもを育てているママが主人公なのですが、その夫がなかなか育児に参加できないお父さんだったので、読むと腹が立つという声が強くなりました。世の中のお母さんはこんなにも怒っているのだという実感につながりました」

そこで、「頑張らない育児」をお父さんたちもリアリティを感じ、より共感できるように、父親の立場によるネームチェックをスタート。漫画は、ネームやラフと呼ばれる簡単な下描きを描いてから、修正すべきところを修正して、仕上げていきます。その下描きの段階で、15~20人の父親から意見をもらうフローを作ったのです。

「すごく長いレポートを送ってくれる方がたくさんいました。そこで面白かったのは、パパたちも怒っていたこと。『ママだけでなく、パパも大変なんだ』『今のパパはもっと頑張っているのに』といった意見がたくさんありました。そうした声を反映して、10話目からはパパ目線の話も入ってきます」

■ワークショップやアンケートなど、読者との接点を多く

その後も、三田村さんは「読者を仲間にする」さまざまな施策を進めていきました。

「コンテンツ体験を深めるイベントとして『読書会』のようなものをしたり、夫婦の関係を考え、深めるワークショップなども開催しました。漫画の連載を進めながら、極力SNSではないリアルな場で生の声を聞くよう努めたのです」

(実際のワークショップの様子)

はじめはコンテンツ作りのためのリサーチが目的だったという三田村さん。ところが、イベントやワークショップを通してできたコミュニティは、漫画の内容に影響を与えただけでなく、その後の書籍化やクラウドファンディングの仲間づくりにも大きな影響を与えることになりました。

「仲間となった人たちに、書籍化のために声を寄せてください、と呼びかけると、5,000人もの人が回答してくれた。たくさんのメッセージは、書籍化のアイデアの参考になったほか、出版社へ企画を持ち込むときに、“これだけ多くのニーズがある”ということを裏付けるのにも役立ちました」

書籍化が決まった後も、具体的に企画を進めるうえで、読者にたくさんの意見をもらっています。例えば、これまでイベントに参加した読者の人たちやコノビーサロンの卒業生に表紙や帯のデザインに対するフィードバックをもらっていたのだそう。

■目的は、読んでもらうことでなく、文化を作ること

こんな風にして、三田村さんは読者と一緒に書籍の制作を進めていきました。気がつけばそれは、「コノビー」が立ち上がった当初の考え方を体現するものだったのです。

「メディアでコンテンツを作る、と考えると、読者をお客さまとして『読んでもらう』と考えがちですが、私たちがやりたいことは、やみくもにPVを稼ぐことではありません。コンテンツを通して文化を作っていくことなのです。

私たちがメッセージを出すだけでなく、読者の方が自発的にメッセージを広めてくれたり、伝えてくれたりする動きを作ることができれば、“頑張らない育児”という文化が広がっていくのではないか。読者の人からすれば、関わった作品に自分の意見が取り入れられているととても楽しいはずです。『作る』と『届ける』をシームレスにつないでいくことで、一緒に文化を作る仲間になれると考えています」

書籍化が決まった後、読者の人たちをもっとつながりの深い仲間にするために、三田村さんが選択したのは、クラウドファンディングでした。

■初めてのクラウドファンディングが大成功!

「クラウドファンディングをすることで、子育ての当事者だけでなく、子育てをしていない人も一緒に文化を作る仲間になってほしい」

そんな思いで、書籍と連動して「“自分の”子育てや夫婦のパートナーシップについて実際に話したり、振り返ったり、考えてみるという具体的なキッカケをつくる」イベントを行うため、クラウドファンディングを立ち上げました。

イベントは、「コノビーサロン」をもとにしたもの。例えば、小さな子どものいる家庭では、夫婦でゆっくり話をする時間を作るのはなかなか難しいものです。また、つい感情的になってしまうこともあるでしょう。そんなときは、ファシリテーターのいる外の環境で話すことで、冷静でむしろ正直な話し合いができることもあります。

クラウドファンディングで計画しているイベントは、男親/女親だけで語るもの、夫婦で話すもの、専門家の方のトークショーの3種類。

新しいチャレンジでしたが、クラウドファンディングの終了日を前にして目標額を無事達成しました。

■作者のやまもとりえさんがSkypeで登場

勉強会後半の質疑応答では、さまざまな質問が飛び交いました。その中で「頑張らない育児を頑張ってしまう」のはどういう状況ですか? という質問が。

「私の周りにもいますが『頑張らない育児をしよう!』と頑張ってしまう方がいます。頑張ることをネガティブにとらえ『つい頑張ってしまった』と自分を責めてしまう。この漫画の中でも、お菓子作りの好きな主人公がクッキーを作るシーンがありますが、それは子どものために頑張っているのではなく、好きだからやっていること。

『頑張らないように』と考えすぎると、『頑張ってはダメだから、クッキーを作らないようにしよう』などと、好きなこともできなくなってしまう。そういう状況をイメージしています」

いくつかの質問に回答した後、Skypeのビデオで漫画作者のやまもとりえさんが登場。参加者内にもファンがおり、会場が盛り上がりました。やまもとさんは次のように話します。

「漫画はママを主人公にしましたが、パパの話も入れたいと思っていました。子育てについて男性が意見を言うと女性の怒りを買いがちなので、声を上げづらい。そんな中で、子育てをしていない男性も含めて、声を上げてくれたのはとてもうれしかったですね。

また、パパが育児に協力的ではないという設定でストーリーを描いていましたが、周囲にそういう人がいなかったため、最初はその気持ちがわからなかった。三田村さんにリサーチをしてもらって、気持ちを教えてもらえて助かりました」

最後にSkypeの画面に向かってやまもとさんと会場がお互いに手を振ってお別れする、和やかなシーンも。顧客を仲間にできれば、意見が吸い上げやすくなるだけでなく、支援をしてくれたり、一緒に広めてくれたりもします。『本当の「頑張らない育児」』の連載や書籍化を通した施策は、あらゆるビジネスに通ずるものがありそうです。

(了)

『本当の頑張らない育児』(やまもとりえ著、ホーム社)

<プロフィール>
三田村さやか(みたむら・さやか)
株式会社LITALICO。”子育てに笑いと発見を”をコンセプトにした子育てメディア「コノビー」副編集長。連載累計500万PVとなった「本当の頑張らない育児」企画・担当編集。好きを応援する編集者/居場所をつくるワークショップデザイナー/ウルトラマン好きな4歳息子の母。好きな場所は本屋と図書館。年間読書300冊の本好き人間。
●株式会社LITALICO
●コノビー

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/栃尾江美
撮影/横田達也