写真左から:篠原広高(ライフネット生命保険 人事総務部 人事担当マネージャー)、西村創一朗さん(HARES代表取締役社長・複業研究家)、武部美紀さん(サイボウズ 人事部 採用担当)

社員のパラレルキャリア(複数の仕事を掛け持ちする働き方)を応援しようと、企業の取り組みも始まっています。そして「複業(副業)」を黙認するどころか、推進する企業も出始めています。会社が社員のパラレルキャリアを応援するのはなぜなのか。「パラキャリ採用」を導入しているサイボウズとライフネット生命、両社の人事担当者が語る、そのメリット、デメリットとは?

【司会】西村創一朗さん(HARES代表取締役社長・複業研究家)
【登壇者】武部美紀さん(サイボウズ 人事部 採用担当)、
  篠原広高(ライフネット生命保険人事総務部 人事担当マネージャー)

■住職やアイドルからも応募のあった「複業採用」

西村創一朗さん(以下西村):サイボウズさんとライフネット生命さんは、複業採用の制度を導入しています。両社とも「副業」ではなく「複業」と書くんですよね。まだパラレルキャリアが一般化していない中で、なぜ複業採用を導入されたのですか?

武部美紀さん(以下武部):当社で複業採用を始めたのは2017年1月からですが、社員の複業自体は2012年から解禁しています。いろんな複業社員がいる中で、サイボウズを複(副)業として働く人がいてもいいんじゃないかということで、複業採用を始めました。

西村:どんな方からの応募がありましたか?

武部:20代の新入社員から60代の方まで、年齢も職業もさまざまでした。フリーランスでお仕事をされている方が多く、珍しいところでは住職さんやアイドルの方もいました。でもこれだけ世間で複業(副業)と言われていても、複業を認めている会社がまだ多くないせいか、会社員の方は少なかったです。

西村:サイボウズさんで複業している方は何人くらいいらっしゃるんですか?

武部:「複業をしているメンバー」となると、会社のブランド名や資産を使う場合以外は申請が不要なので、人事部でも正確な数は把握していません。ちなみに私自身ももうすぐパラキャリデビューする一人です(笑)。

前職で私は人材コンサルティングの仕事をしていましたが、サイボウズに来てからも外部からお客さまに提案する仕事をしたいな、とは思っていました。そんな時に、たまたま転職活動中に面接を受けたコンサル会社からお声がけいただいたんです。

西村:サイボウズさんが複業を認めていると知っていて、連絡を取ってこられたんでしょうね。ライフネット生命さんでも、今年5月に複業を前提とした「パラレルイノベーター採用」が始まったばかりです。

篠原広高(以下篠原):当社ではいわゆる新卒採用を「定期育成採用」と呼んでいますが、その枠の一つとしてパラレルイノベーター採用を始めました。複業をする社員は2010年からいましたが、働き方の多様性をさらに広げるためにやってみてはどうかということで。まだ始まったばかりですが、これから何が起こるか、ワクワクしています。

■本業の延長線上で複業をする人と、全くかけ離れた複業をする人

西村:パラレルキャリアを実践されている方は、社内ではどのような働き方をされていますか?

武部:サイボウズの場合は、2パターンに分かれています。一つは会社での仕事に近いことをしているメンバーで、エンジニアが技術本の執筆をしたり、人事部のメンバーが他社の人事アドバイザリーをやったりしています。

もう一つは、会社での仕事とは全く違うことをしているメンバーで、こちらは趣味の延長が多いようです。カレーが好きでお店まで出したメンバーや、農業をしているメンバー、最近はユーチューバーも生まれています。テニスの経験を活かして中高生向けにレクチャーしているようです。

篠原:ライフネット生命ではシステム部や人事部のメンバーが他社のコンサルをやったり、マーケティング部や法務部のメンバーが執筆の仕事をしたりと、自分の仕事の周辺領域にある仕事を複業として広げている人が多いようです。最近は「パラキャリ部」という部活も発足して、パラレルキャリアを実践しているメンバーや興味のあるメンバーが集まって、ノウハウをシェアしたり、情報交換をしたりしています。

■メリットはたくさんあるが、心配なのは「働きすぎ」

西村:社員の複業を認めることで、会社や社員にどのようなメリットがあるとお考えですか?

篠原:複業をすると、社員のノウハウやスキルが相乗効果で伸びていきやすいと考えています。長い目で見れば、それが巡り巡って会社の事業にも還元されることもあるでしょう。また社員にとっては、自分の所属している会社が多様な働き方を認めてくれているという安心感が芽生えて、働きやすくなると思います。

武部:私が思うメリットの一つは、社員が外を向くようになるということ。社内での評価にこだわっていると、意識が内側に向きがちですが、どこに行っても通用する人になることが大切だと思います。

もう一つメリットとして挙げられるのは、社員が新しいことをやりたいと思った時に、会社で複業が認められない場合は他の会社に行くしかないですが、複業が認められていれば会社を辞める必要がないということ。会社にとっても、大事な人材を失わずに済みます。

西村:一方で大変なことも多くあると思います。人事部門の立場から、それぞれどう思われますか?

武部:複業している社員がどこで何をやっているかということは、把握しておく必要があると思います。先ほどサイボウズでは複業の申請が必要ないと言いましたが、誰がどんな複業を、どのくらいの時間やっているかということを、できるだけ共有しようとしています。そうしないと、知らない間にメンバーが働きすぎて健康を害してしまう危険があるからです。

他の仕事を掛け持ちするメンバーがいる中で、役割分担をどうするか、チームマネジメントの難しさも出てくるでしょう。こういった問題を乗り越えるために大事なのは、コミュニケーションを増やすことだと思います。サイボウズでは月に一度、上司と部下が1対1で話し合いをする時間を取るチームがほとんどです。

篠原:私も社員が働きすぎないようにチェックする必要があると思っています。ライフネットでも、上司と部下の1対1の「来風(らいふう)面談」を定期的に実施しているので、そのような機会を活用して状況把握や情報共有をすることが大事だと思います。

また、複業をやっているからといって、査定評価が甘くなるわけでも厳しくなるわけでもありません。複業をしているからといって、本業のパフォーマンスに影響がないようにサポートも必要だと思っています。

■やりたい時に始められるのが理想のパラキャリ環境

西村:最後に、パラレルキャリアに興味がある方に向けて、メッセージをお願いします。

篠原:ライフネット生命では、複業採用のページに「翼は2つあるから、高く飛べる。」というメッセージを載せています。より遠くに行こうとか、より大きなことをなそうと考えた時に、目先の仕事だけに集中するのもよいのですが、少し視野を広げて複業をはじめてみると想定外の刺激や気づきがあると思います。若い人にこそ、パラレルキャリアに挑戦してほしいですね。

武部:新卒採用か中途採用か、複業か複業でないかという切り分けは、個人的には必要ないと思っています。やりたいタイミングや、やりたい内容は人それぞれ。「複業をやらなければいけない」というわけでもない。会社としては、社員が「これやりたいな」と思った時にできる環境を整えておきたいですね。

西村:ありのままの自分で、やりたいことを続けていくことが、理想のパラレルキャリアの始め方、続け方なのかもしれませんね。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/横田達也