内藤克さん(税理士法人アーク&パートナーズ代表、税理士)

相続の問題は、財産を残す側から語られがちです。しかし、受け取る側の目線で相続を考えるべきではないか。そんな発想から生まれたのが、税理士の内藤克先生の著書『残念な相続』です。この本を通して内藤先生が伝えかったこととは? 私たちはやがて訪れる相続問題にどう立ち向かえばいいのでしょうか。内藤先生のアドバイスをお聞きください。

(前編「『うちは大丈夫』と思うのは禁物!? 知っておきたい相続のこと」はこちら)

■子どもの目線で相続を考えたい

──内藤先生が相続についての本を書こうと思ったきっかけを教えてください。 

内藤:相続というのは、もらう側が納税しなければならないので、子どもの目線で相続を考えた方がいいではないかという話を編集長にしたら、「確かにまだそういう本はないね」という話になり、出版へと至りました。相続がトラブルにならないように何をしておくべきか、親の目線から書いた本はたくさんあるももの、現実にはもめごとが起きている。そうならないための本です。 

──だからリアルにひとつひとつのエピソードが刺さってくるんですね。内容もわかりやすかったです。

内藤:わかりやすくするために、こういう本にありがちな数字はカットしました。電卓を使いながら本を読む人はいないと思ったんですよ。表で説明しないといけないような部分以外は数字を極力省いています。

──本の中で紹介されているのは、すべて実際に起きたケースですか?

内藤:経験したことしか書いていません。あの本の内容をドラマ化しようという企画もありますよ。どんでん返しの連続ですからね。相続を扱ったドラマには、山崎豊子さん原作の『女系家族』がありますが、相続については親族のもめているところだけしか出ていません。後は『犬神家の一族』とか(笑)。ただ、あれも相続に直接向き合っているわけではないです。弁護士もの、医療もの、検事もののドラマはすでにたくさんありますから、税理士ものがあってもいいと思います。 

──そんなドラマや映画があったら、見るだけで勉強になりそうです!

■それぞれに異なるスタンス

──同じ相続に関わりながら、税理士や弁護士、司法書士、信託銀行など、それぞれスタンスが違うなと思うことは多いですか?

内藤:相続というと、税理士、司法書士、弁護士、信託銀行を思いうかべます。信託銀行は遺言信託が執行されないと手数料が入りません。だから、完璧に自分たちが執行できるように、遺言の話し合いが行われないでいいように1ミリのすきもないものにしようとします。しかし現実は必ずしもそのとおりにはいきません。 

例えば、3人兄弟のうち次男が父親の別荘を相続することになっていたとしましょう。このとき、亡くなった方が実は途中で別荘を現金化していたら、遺言上、別荘だけをもらうことになっていた次男は、何ももらえなくなるんですよ。ほかの兄弟が「父はそんなつもりではなかったから、別荘を売った分の現金は次男のものだ」と言っても、遺言執行者から「それはだめだ」と言われてしまうんです。

──亡くなられた方が、別荘を現金化したときに遺言を書き直すのを忘れていただけなのに? 

内藤:そうです。結局、このケースでは全員合意で遺言の「別荘を相続」という部分を削除しました。

──それを取りまとめるのは弁護士ですか? やはり税理士?

内藤:弁護士は、分割協議でみなの間に入って、話をまとめて「こうしましょう」という提案はできません。それぞれに弁護士がつくことはできますが、調整役になると弁護士法違反になるんですね。税理士は分割が決まらないと税額計算と申告書が書けませんから、必ず同席して、まとめざるを得ないんです。また、一度分割協議をやってその後にやり直すときも、弁護士、司法書士、税理士では対応が違います。弁護士的には全員合意していれば問題ありません。新しいものが有効になります。司法書士も同じですね。印鑑証明と新しい分割協議書があれば登記のやり直しができる。 

──税理士は異なる対応なんですか?

内藤:税務上は一回確定したものをやり直すことになると、そこからの贈与という形になるんです。税務には独特の考えがあるのです。

──今まで、困った遺言を見たことはありますか?

内藤:はい。実際にこういうケースがありました。自筆証書の遺言で、「○○のマンションは孫へ譲る」と書いてありましたが、住所地が書かれていなかったので、法務局ではねられて登記できなかったんです。○○のマンションは1つしかないからと主張しても登記は受け付けてもらえない。孫への名義変更はできなくなりました。

──手続き上、認められないんですね。結局どうされたんですか? 

内藤:司法書士を呼んで、遺言の問題の部分を取り下げ、死因贈与契約といって“祖父が生きている間に孫に譲る”という契約が成立していた、という内容にしました。相続人がみな合意した形にした上で法務局で登記を行ったんです。弁護士だけでも登記はできないので、ベテランの司法書士にやってもらいました。こうなると、プロフェッショナルがどこまでどう携わるかが大事ですね。

──聞けばきくほど大変なお仕事ですね。 

内藤:税理士の業界にもIT化、ロボット化、フィンテックの波がどんどん押し寄せていますが、こういう人間味のある解決をする部分はなくならない。相続のコンサルティングの役目は多分残ると思います。

■親にお願いすべきは、遺言を書くより先に……

──これから親の相続に向き合う世代の方たちに、何を準備すべきかアドバイスをいただきたいのですが、やはりまずは遺言を書いてもらうことでしょうか。

内藤:まずは、遺言を責任を持ってやり遂げる執行者を任命する必要があることを知ってください。遺言と執行者はセットなんです。それから、最初に忘れずに用意したいものとしては、財産リストがあります。財産とあわせて借金とか連帯保証もリストアップします。忘れがちですが、連帯保証債務は引き継がれます。例えば医療訴訟もそうです。過去に手術した患者が後遺症が残ったと医者に医療訴訟を起こすケースがたまにあるんですよ。 

──医療訴訟も引き継がれるんですか?

内藤:そうなんです。手術した医者が亡くなっても患者さんには損害賠償請求権は残るので、その子どもが相続することになります。しかし子どもも、受け継いだところでどうしていいかわからないので、ああ、相続を放棄すればよかったのに、となる。だから連帯保証も含めた財産リストが大事なんです。不動産を買ったときの書類もきちんと残しておいてください。

──謄本だけでなく、買ったときの書類もですか?

内藤:相続した不動産を売るときには、買ったときの書類がないと不利な税金になります。将来、売る前提で考えるなら、財産リストと買ったときの書類を揃えておきたいですね。

遺言も財産リストも頼みやすいものではありませんが、もし財産リストに金額まで入れるのに抵抗があれば、財産にひもづく「連絡先リスト」を作るのがおすすめです。 

──保険も同様にすべきですか?

内藤:どんな保険に入っているかは知っておきたいですね。銀行口座もそうですが、具体的な数字ではなくても目録でいいんです。今後は、マイナンバーに戸籍、預金、保険、健康保険などの情報などがひもづいて、死亡すると自動的に各所に通知が入り、遺言が実行される“e-遺言”のような制度ができてくると思いますよ。 

──そうした情報をトータルで保険会社がお預かりできたら便利かもしれませんね。貴重なアドバイスをありがとうございました。

 

(了)

<プロフィール>
内藤克(ないとう・かつみ)
1962年生まれ、新潟県出身。1985年中央大学商学部卒業、1990年税理士登録。1995年税理士事務所開業、2010年税理士法人アーク&パートナーズ設立、弁護士も加えた外部パートナーと同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。東京税理士会京橋支部、登録政治資金監査人(総務省)、経営革新等支援機関(中小企業庁)。主な著書に『会社の節税をするならこの1冊』(自由国民社) 、「残念な相続」(日本経済新聞社)など。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也