澤井理憲さん(株式会社澤井珈琲取締役常務・店長)

■ひとりきりのスタート

澤井珈琲は私の両親が36年前に脱サラして起業いたしました。私は地元の高校を卒業しまして、名古屋の大学に入りました。勉強より「一人暮らしがしたい」というのが一番の理由ですから、1年間遊び呆けて、結局、大学は1年で卒業させていただきました(笑)。そして、地元の鳥取に戻って、両親とスタッフ2人ぐらいの小さな会社に就職しました。

新しい店舗に配属になり、朝9時から午後7時までのお店だったんですが、朝8時に出勤しても誰もいない。朝9時になっても誰一人来ません。母親に電話をして、「スタッフに電話をして、来るように言ってほしい」と泣きつきましたが、誰一人自分にはついてこないという、ひとりぼっちのスタートを切りました。

1日に5~6人のお客さましか来ないので、飛び込み営業をやりました。いきなり「コーヒー豆を買いませんか?」って訪ねて行って、誰が買いますか? まず売れませんでした……3年ぐらいやりましたが、いまだに知らない店に入る時には手が震えるぐらい、飛び込み営業恐怖症になりました。あまりに営業成績が悪いのでもう一度母親の所に戻されて、修業し直しました。

■15年目でネット通販売り上げ23億円

その店は母親が担当していたこともあって大繁盛しておりました。「こんなにお客さんって来るものなんだ」と生き返った思いで、幸せに勤務していましたが、そこに大手のドーナツチェーンだとかファミリーレストランが鳥取にもできてきて、だんだんと売上が落ちてきました。「このままではまた悪夢のような飛び込み営業の日々になってしまう」と危機感を覚えていた時に、ネットのニュースを見つけたんです。「ネットショップに出店すると月商100万円」という刺激的な広告です。そこに出店したのが、私がネットショッピングに参入した一番のきっかけでした。2002年2月のことでした。

鳥取県は人口57万人の小さな県、主な観光地は鳥取砂丘だけです。東京の区以下の人口しかいない……そういうところから、ネットショップに参入いたしました。今年で16年目になります。

みなさん、ご想像のとおりだと思いますが、月商100万円なんてとんでもない! 初月はゼロ円、最初に売れたものは自分が買った280円の商品でした。初めて商品が売れたのがオープンして45日目。「注文が入りました」という表示を見て、忘れもしない京都の方で、お名前もいまだにはっきり覚えています。

たった一人でネット通販を始めて、2017年にやっと、ネット通販のみで23億円売れるようになりました。鳥取にある3つの自社工場から、日本全国のみなさまにコーヒーをお届けさせていただいています。大学時代はどうしようもなかった私ですが、2016年には楽天、ヤフー、ポンパレモール、Wowmaとネットグランプリで、ベスト店長など全ての主要タイトルをいただきました。

■「澤井珈琲を知っている人」を増やす

2017年5月には地元に3番目の工場を建てさせていただききました。10年前に第1工場を1,000坪で作りましたが、すぐ手狭になりまして5年前にさらに1,000坪の第2工場を建てさせていただき、この第3工場は大きさで言いますと、1ヘクタールぐらいの建物になります。

日本の中でも目立たない鳥取県ですが、地代が安いので広い工場が作れるのです。東京でお話しすると、「信じられない」と言われるぐらい差がありますね。ちょうど同じ時期に、私は銀座3丁目にお店を構えさせていただいたのですが、見積りを見ていると頭がくらくらしました。けれどおかげさまで、澤井珈琲は鳥取・島根・東京で現在9店舗を展開しています。

正直言いまして、私はみなさんが思っているより、はるかに何もできません。ホームページもネットでお店をオープンするまでは、作ったこともありませんでしたし、JPEGとかPDFとか画像のことも何も知りませんでした。いまだにかな入力していますが、たとえば、みなさんがローマ字入力で「か」と打つときは、KAと2つ操作するところを、私は一発。2倍の速さで打てるのが良いところですけれども、人間極めればなんでもできるということですね(笑)。

澤井珈琲外観。現在、全国に9店舗を展開

2002年2月にネットのお店をオープンして、16年もやっていますと、いろんなところで、「一体どうやったら澤井さんみたいに20億円も売れるんですか?」と聞かれます。みなさん、頭の良い方です。私も頭が悪いなりに一生懸命考えてみましたが、ネットで売る方法は2つしかない――この結論に至りました。

シンプルに言うと、ネットで検索をかけたときにトップのページをご覧になって来られるか、もう1つはどこかで広告を見て、うちの商品を見つけて来ていただく、このパターンしかありません。おそらくみなさんもネットで物を買う時は、この2つのうちのどちらかではないでしょうか。

ところが、澤井珈琲には大手メーカーさんのようなお金もないし、ブランドもない。売れる商材がないんですね。それと、みなさん「コーヒーが飲みたいな」と思った時、ネットを立ち上げて検索キーにコーヒー送料無料、と打ち込んで個人情報を入力して、1週間も待ちますか? 100円持ってコンビニに行きませんか? そういった商材を澤井珈琲は扱っています。2002年にネット通販を始めた頃の私のライバルは、自動販売機でした。なにしろ24時間365日、休みなく働いている相手です(笑)。

ならば、澤井珈琲は「澤井珈琲を知っている人」を目指してやっていこうと考えました。これが澤井珈琲の伸びた理由だと思います。銀座に店舗を構えたのも、「澤井珈琲を知っている方」を増やしたい。もし、みなさんが奥さまや大事な方にアップルパイをプレゼントをしようというとき、どこにあるか聞いたこともないような場所のものを買うか、横浜のみなとみらい辺りになるカタカナ名の洒落たお店の商品を買うか……絶対に後者だと思います。

なので、お客さまが当社の商品を買わなくなる理由を徹底的に排除することにしました。そこで私がやっているのが、“おもてなし”です。
これはヤフーショッピングの数字ですが、澤井珈琲のホームページをご覧になった方で、購入までされた方の割合は20%台。つまりホームページへ5人来られたら1人は買っていただいているわけですが、最近の傾向で言いますと、スマートフォンからのご購入が劇的に増えています。私の目標の1つが、リアルな店に勝つこと。1か月あたりの新規のお客さまが7,000人なのに対して、リピーターの方は3万4,000人とリピート率が異常に高いことが分かります。

お客さま一人ひとりを徹底的に大切にする、これが私のポリシーですが、澤井珈琲の売れ筋商品の一つは、ドリップコーヒー200杯分なんです。200杯って業務用かと思いますけれど、家庭用なんですよ。コーヒーの業界では焙煎量が1か月に1トンがひとつの目安。澤井珈琲は現在1日の焙煎量が6トン、お湯を注いで飲むドリップバッグは1日15万個、自社工場で生産しています。

澤井珈琲の店内。誰にでも親しまれる明るい設計になっている

■自分の長所を積極的にアピールする

私が毎日心がけていることをいくつかお話しさせていただきます。
まず、ネットショップの運営は気合と根性。実店舗に勝つのが最低の目標、企画も含めて全てが勝負だと思っています。みなさんが汗水流して働いて稼いだお金を澤井珈琲に使っていただく、そんな素晴らしいお客さまを実店舗に勝るほど大事にしたいと思うのは当然じゃないでしょうか。

とはいえ、現実には、ネットの中のお客さまを振り向かせるのは、太平洋でメダカを探すような作業、砂漠の中にカフェを建てるのと同じ、一体どこに行けば当店にたどり着けるのか分からないという状態です。2002年にネットショップを立ち上げた時には親の信用がなくて、澤井珈琲を名乗らせてもらえませんでした。父親には「お前のネットショップは、コーヒーと紅茶で儲けるビーンズ&リーフという名前にしろ」と言われましたが、英語の複数形と単数形が混ざってておかしいな、と思いつつ、「この名前でやるのか……」と思いました。

あるとき、母親に言われたんですけれども、「あなたのお店って売れてるの? あのビーフ&ポーク」って、うちは肉屋じゃないだろうと思いましたが(笑)。まあ売り上げが月1,000万円を超えた頃、「そろそろ澤井珈琲を名乗らせてもらえませんか」と父に切り出しました。これは検索キーに「澤井」と入れてもらって、うちの商品がヒットするようにしたかったからです。

良質でお客さまに長年親しまれる商品を多数、品揃え。ケーキや各種お菓子も澤井珈琲のオリジナル商品

たとえば、「コーヒー」とネット検索すると、1,000万アイテムがヒットしてきます。1,000万アイテムの中の86ページ目のコーヒーに、果たして注文がくるでしょうか? 澤井という名前で検索をかけてもらえるように何とかしたかった。ビーンズ&リーフではちょっと難しいですからね(笑)。おかげさまで、いま、楽天市場で澤井とサイト検索をかけると澤井珈琲と、昔少年ジャンプで『ボボボーボ・ボーボボ』を連載なさっていた漫画家の澤井啓夫さんがヒットしてきます 。

よく安売りはバカでもできる、と言われますが、バカだったら安売りはできないんです。安い中にも粗利を取っていかなければなりません。澤井珈琲のネットショップでは、「澤井珈琲、2キロ入って2,380円!」とうたっていますが、大量販売用のスーパーマーケットに行って、同じ量入ったコーヒーが売ってあったとしたら、そちらの方が1,000円以上安いかもしれません。

つまり、澤井珈琲は安くも見せていますが、価格だけで比べれば、必ずしも安くはありません。うちのコーヒーは、「インスタントコーヒーよりは美味しいし、スタバ(外資系のコーヒー1杯)より安い」と、自分の長所を徹底的にアピールします。

平成24年、境港市に澤井珈琲・第2工場を新築

■きれいなホームページではなく売れるホームページを

たとえば、私はイチロー選手に他のことでは何一つ勝てないと思いますが、メルマガ対決であれば勝つ自信はあります。要は徹底的に、自分の長所で攻めます。ネットショップをなさっている方の中には、とてもきれいなページを作る方がよくいらっしゃいますが、ビジネスの世界は数字をあげたものが勝ちな世界です。一番きれいなページを作れる人が勝ちではありません。

これだけスマホを持つようになっても、日本でeコマース(電子商取引)が占める割合はわずか6パーセント*程度にしか過ぎません。ネットでお取り寄せと言い出したのは、10年ぐらい前でしょうか。コーヒーに限らず、ネットでグルメを取り寄せたことがあると答えた人は1パーセントです。つまり、100人に1人しか買わなくても、これだけ売れるんです。

5年前に携帯の料金がゼロ円になったり、携帯電話で映画を見るようになるなんて、ほとんどの人が想像しなかったのではないでしょうか。スマホの普及は一番、世界の流通を変えました。だから澤井珈琲はここに投資をしますし、この市場は今後も10倍、20倍と伸びていくと思います。世界的に見れば、日本におけるeコマースの割合が6パーセントなのに対して、アメリカや中国は軽く二桁を超えています。国土が広い国ほど買い物に出かけていって、探すのが大変だからだろうと思っていたのですが、じつは日本より小さなイギリスでも、15パーセントを超えています。

ビジネスをしようと思ったら、この分野に参入せざるを得ない状況が生まれてくる。大手がこれから参入してくるとしても、私たちが先にネットで失敗するという経験をしていることが一番のメリットなんじゃないかなと思います。本当にあとは刈るだけじゃん、みたいな(笑)。これから参入してくる大手がこれからする失敗を先にしているんですからね。

平成29年、境港市に澤井珈琲・第3工場を新築

お客さまとのメールのやりとりで実践していることがあります。まず、ネットショップの場合、98パーセントがメールでの対応となります。返信が遅くて怒る人はいても、早くて怒る人はいませんので、澤井珈琲のルールでは、メールの返信は30分以内。クレームや、やや意地悪なご質問につきましては、少しお時間をくださいと返信します。あちらが3行ぐらいで問い合わせをしてこられたとしたら、こちらは倍の6行で返します。

お返事するときは、こちらのスタッフも必ずフルネームでお礼の言葉は自分の好きな言葉を使います。こちらの商品が美味しくなかった場合は、返品を承ります、というお伝えしていますが、返品については、0.1パーセントもありません。返品について明記するだけで、多分お客さまが安心されるんだと思います。配送メールも何度もメールしますし、変更したいときは遠慮なく言ってください、という姿勢です。また商品到着後のフォローメールも必ず入れています。

一度、ネットでご購入いただくと、スパムメールのごとく日に何度も送られてくる私からのメルマガには、コーヒーが美味しくなるコツや、コーヒーメーカーの汚れを落とす時は酢を一滴たらすとよく落ちますよ、というようなお客さまのためになる項目もいれるようにしています。

(後編につづく)

*経済産業省 平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)

 

澤井さんの著書『奇跡の澤井珈琲』(2017年・宝島社刊)

澤井理憲さん

<プロフィール>
澤井理憲(さわい・まさのり)
1975年、鳥取県生まれ。米子南商業高校卒業後、両親が経営する(有)澤井珈琲に入社。鳥取・島根の店長を経て、2002年、楽天市場に「澤井珈琲Beans & Leaf」を設立。創意工夫とお客さんへの行き届いた心遣いで、売り上げを伸ばし続け、“ネットで一番売れる珈琲屋さん”に昇り詰める。著書に『奇跡の澤井珈琲』(宝島社)がある。
●澤井珈琲Beans & Leaf
●澤井珈琲公式ホームページ

<クレジット>
文/樋渡優子
勉強会撮影/村上悦子