杉山文野さん(株式会社ニューキャンバス代表、特定非営利活動法人東京レインボープライド共同代表理事、NPO法人ハートをつなごう学校代表)

トランスジェンダーである自身の体験を踏まえ、杉山文野さんは多彩な活動を繰り広げています。飲食店を経営するかたわら、日本最大のLGBTプライドパレード主催者である特定非営利活動法人 東京レインボープライド共同代表理事をつとめ、各地での講演活動やメディア活動にも熱心に取り組む毎日。そんな杉山さんが目指す社会とは? 私たち一人ひとりにできることとは? LGBTがわざわざ語られずに済む社会を目指し、走り続ける杉山さんのお話をお聞きしました。

■ロールモデルが見当たらない

快活な声、明るい笑顔が印象的な杉山文野さんは、1981年に新宿の歌舞伎町のど真ん中にある老舗とんかつ店の次女として生まれ育ちました。自身の体に対して違和感を持ち始めたのは幼少期から。誰にも言えず、どこかおかしいのではないかという根拠のない罪悪感で自分を責めていたそうです。

「一番つらかったのは、体が女性らしくなる一方で、男性としての自我が強くなっていった中学生から高校生にかけてですね。特にしんどかったのがロールモデルがいないこと。LGBTをオープンにしている大人が見当たらず、女性として生きていく未来が描けない。かといって男性として生きていくこともできない。女子校だったので学校ではボーイッシュな先輩としてもてていましたが、家では一人で泣いていました」

でも、泣いていても何も始まらない。高校時代のある日、杉山さんは将来を見据えてカミングアウトを決意します。その後、早稲田大学に進学し、大学生活を満喫しますが、就職で再び壁に突き当たりました。男女どちらの履歴書で就職活動をしたらいいのか。悩んだ杉山さんは大学院に進み、セクシュアリティを中心に研究を重ね、その研究内容と性同一性障害と診断を受けた自身の体験を織り交ぜて初の著書『ダブルハッピネス』を上梓しました。

■どこに行ってもセクシュアリティからは逃れられない

しかし、本を出版後、メディアへの露出度が高まるにつれ、杉山さんは息苦しさを覚えるようになります。ゴミ拾いボランティアのNPO「グリーンバード」の活動に関する取材を受けても、記事には「性同一性障害を乗り越えて……」と形容されてしまう。窮屈さに耐えかね、日本を離れて世界一周の旅に出た杉山さんを待ち受けていたのは、どこに行っても自身のセクシュアリティからは逃れられないという事実でした。

「アジア、アフリカ、中南米、南極に行っても、必ず『She』なのか『He』なのか、『Mr.』かそれとも『Ms.』かと尋ねられる。逃げ場所がないのであれば、場所を移動するのではなく、自分が今いる場所を生きやすく変えるしかないと思いました。それが現在の活動の原点です」

帰国後、杉山さんはタイで乳房切除の手術を受けて男性ホルモンの投与を始め、全国に400店ほどの店舗を展開している一般企業に就職しました。30歳で会社を退職すると、自ら飲食店を経営し、LGBTの活動を本格的にスタートさせます。
2014年には、LGBTをはじめ、多様性に富んだ人々がフラットに集まることができる場づくりと、多様性に関する講演や研修、企画提案事業の二つの事業を行うニューキャンバスを立ち上げました。

「大事にしているのはロールモデルを作ること。当事者とアライに応援メッセージをもらい、子どもに向けてのメッセージ発信なども行っています。セクシュアリティは目に見えません。LGBTにフレンドリーな人も一見わからない。そうした人を可視化することで、疎外感を感じないようにしていきたいんです。いつでも安心していられる場所も作りました。美味しいご飯を食べるとハッピーになれますよね。そこでは美味しい食事も出すようにしました」

ニューキャンバスが追求するのは、かつての自分のように疎外感にさいなまれて泣く人のいない世界。誰もが自分らしくそれぞれの個性を活かしながら生きられる社会です。

■掃除ボランティアが発端だった

2015年11月、東京都渋谷区は結婚に相当する関係と認めた同性カップルに対し「パートナーシップ証明書」の発行を始めました。杉山さんは自治体初のこの試みに携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務めています。

きっかけを作ったのが、いまから15年前に杉山さんが掃除のボランティアとして参加した「グリーンバード」の活動でした。

グリーンバードで歌舞伎町を掃除(ニューキャンバスウェブサイトより)

「グリーンバードを始めたのが渋谷区長の長谷部健さんなんです。僕が本を出した後、全国のLGBTの当事者から『杉山さんに会いたい』と言われたんですが、個別にはなかなか会えないので、『グリーンバードに来てもらえたらお会いできますよ!』と誘っていたら本当にたくさん集まってくれた。毎月顔を合わせて仲良くなるうちに、長谷部さんが『マイノリティという理由だけで困っている人たちがそんなにいるのであれば、渋谷区で何かできないだろうか』と提案したのが始まりです」

役所に婚姻届を出すと大きな幸福感が得られる。その幸福感を共有できれば街の空気は変わってくるはずだ。そんな長谷部さんの発案が契機となって生まれたのが日本初のパートナーシップ証明書なのです。

■ウェルカミングアウトのすすめ

渋谷区のパートナーシップ証明書が起爆剤となり、社会は着実に動き始めました。しかし、杉山さんは「世の中を変えようと思って立ち上がったわけではない」と話します。

「身近に困っている人がいるならできることからやってみよう、そんな小さな一歩が大きな流れに繋がりました。僕がおすすめしているのは『ウェルカミングアウト』。見た目にはわからなくても必ずLGBTの人は身近にいます。ぜひ『ウエルカムだよ』『ここは安心できる場所だよ』とあえて口に出してほしい。ノートPCにレインボーのシールを貼るだけでも構いません。『言っても大丈夫だな』という安心感を作っていく。そういう小さなことから変わることがあると思うんです」

誰しもマイノリティの一面を持っています。LGBTではない人も、ほかのある面ではマイノリティかもしれません。マジョリティは、実はマイノリティの要素を持つ人々によって形成されています。

「マイノリティの課題に向き合うことはマジョリティに向き合う社会。誰にとっても生きやすい社会を作っていきたいですよね」という杉山さんのまっすぐな言葉が心に残りました。

(つづく)

<プロフィール>
杉山文野(すぎやま・ふみの)
1981年東京都新宿区生まれ。フェンシング元女子日本代表。早稲田大学大学院にてジェンダー論を学んだ後、その研究内容と性同一性障害と診断を受けた自身の体験を織り交ぜた『ダブルハッピネス』を講談社より出版。卒業後、2年間のバックパッカー生活で世界約50か国+南極を巡り、帰国後、一般企業に3年ほど勤め独立。2014年に多様性に富んだ人々がフラットに集まれる場づくりと、多様性に関する講演/研修/企画提案事業の二つの事業を行う株式会社ニューキャンバスを設立。日本最大のLGBTプライドパレードである特定非営利活動法人 東京レインボープライド共同代表理事、セクシュアル・マイノリティの子供たちをサポートするNPO法人ハートをつなごう学校代表、各地での講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也