写真左:杉山文野さん(株式会社ニューキャンバス代表、特定非営利活動法人東京レインボープライド共同代表理事、NPO法人ハートをつなごう学校代表)、右:森亮介(ライフネット生命保険社長)

LGBTの人々は社会の中で一定数存在しています。しかし、その存在は外からはなかなか見えません。また、アイデンティティの問題であるにもかかわらず、セクシュアリティの問題としてとらえられがちです。企業は、そして個人はダイバーシティにどう向き合うべきなのでしょうか。杉山文野さんとライフネット生命の代表取締役社長・森亮介との対談です。
(杉山さんの講演レポートはこちら)

■保険の審査に落ちた苦い思い出

森:東京都渋谷区が結婚に相当する関係と認めた同性カップルに対し「パートナーシップ証明書」を発行する条例を施行したのが2015年4月。11月から交付が始まり、同じ時期にライフネット生命も保険金の受取人に同性パートナーも指定できる仕組みをスタートしました。

杉山:僕は渋谷区の条例に関わっていて、区長室で会長の岩瀬(大輔)さんとお会いしたことがあるんですよ。岩瀬さんは「保険金の受取人に同性パートナーも指定できるようにしたい」と熱意を語っていらっしゃいました。

森:保険業界の伝統的なサービスや事務フローのあり方が今の時代に合っていないのではないかと既存の仕組みを見直す中で、自分たちの姿勢ひとつで受取人の範囲を拡大し、同性パートナーにも適用できるのではないかと考えたんです。そうして行動に移しました。

杉山:12年ぐらい前、僕が学校を卒業したときに、保険会社に就職した友人に「保険に入って」と頼まれたんですが、いざ申し込みをしたら審査で落ちてしまったことがありました。性同一性障害だからというのが理由です。そのときには性同一性障害だと保険にも入れないのかとショックでした。自分はこの社会の一員として認められていないような寂しさがありましたから、たとえ、性同一性障害の場合は保険に入れないとしても、アライの立場表明ともいえるライフネット生命のような取り組みはうれしい限りです。


森:ありがとうございます。ただ、まだまだ生命保険業界においては、いまもなお変わってない領域は残っています。これからの課題ですね。

■LGBTの存在を可視化したい

森:LGBTと一口に言っても、LGBとT(トランスジェンダー)とではやや意味合いが違うと聞きました。

杉山:そうですね。Tは移行期がありますから。僕も、女子高生の時代からひげのおじさんまでいろいろな段階があった(笑)。どこまでいけば男なのか女なのか、わかりづらい。LGBについてはある程度マニュアル化できる部分があっても、Tについては個別対応せざるを得ないんです。

森:なるほど。明確に言えないだけに難しいんですね。

杉山:日本では戸籍の変更も簡単ではありません。20歳以上で婚姻関係がないこと、生殖機能を欠いていること、といった条件をクリアする必要があります。僕自身、乳房は切除していますが、子宮はそのままなので戸籍変更はかなわない。見た目はおじさんでも戸籍だけは女性でちぐはぐなんです。

トイレの問題も難しいですね。例えば、心は女性でも外見的に男性的な骨格や名残りが強く残っていると、女性トイレは利用しづらい。いち当事者から言わせてもらえば、トイレくらい行きたいときに自由に行かせてほしい、ただそれだけなのですが(笑)。

森:そうしたことが話題になり、議論される中でどんどん普通になってくるといいなと思いますね。


杉山:LGBTの数は、だいたい5〜8%とされています。これって、左利きやAB型の人たちが10%程度だと言われているので、比べても珍しくはないと言えますよね。日本人の名字で多い「佐藤」「鈴木」「高橋」「田中」の合計が全体の5〜6%。つまり、4つの名字の人とほぼ同じ比率です。

森:なるほど。具体的な数字があるとイメージしやすいですね。

杉山:セクシュアリティは目に見えません。僕も外見からは女性だとはわからないと思います。でもLGBTは一定の割合で存在している。職場にもお客さまの中にも必ずいるわけですから、そうした人たちにどう対応し、どういった商品やサービスを提供していくのかが企業に問われていると思います。

森:本当ですね。必ず社会に存在しているLGBTの人が働きやすい職場にし、使いやすい商品やサービスを提供していくのは企業にとって当然の使命だと思います。

■いないとされていた人たちが語られるようになった

杉山:この3年ほどでLGBTをめぐる状況はずいぶんと変わりました。僕が共同代表理事をつとめている東京レインボープライドでは毎年パレードを行っていますが、アライも参加するようになり、当初は数千人程度だったパレードの規模が今年は15万人に膨らんで、いろいろな企業が応援してくれるようになりました。でも僕が一番うれしいのは、そこに「いない」とされていた人たちが語られるようになったことです。

森:確かに、いままではLGBTの人たちは「いない」という前提で社会の仕組みや制度が作られていましたね。

杉山:いっしょに社会で生活しているのに透明人間みたいに扱われていて疎外感を感じていました。だから、「いる」という前提で商品やサービスが増えていくのは本当にうれしい。LGBTに対応可能な相談窓口を設けて、仮にそこに相談が来なくても、当事者からすればいつでも相談できる場所があることの意味は大きいんです。応援してくれる企業があるなら、せっかくだったらそこで僕はお金を使いたいですね(笑)。


森:LGBTが働きやすい職場環境を整備する会社も増えてきました。LGBTが働きやすい職場は誰にとっても働きやすい職場だということですから、離職率の低下や生産性の向上にもつながります。

杉山:おっしゃるとおりです。よくLGBTの話を職場に持ち込むなと言われるんですが、大人のベッドの上の話と勘違いをされている。LGBTは性行為の話ではなく、アイデンティティの話であり、自分が何者であるのかという話です。そこで嘘や隠し事があるとコミュニケーションしづらいんですね。小さな嘘が重なっていくと、結果として職場を離れることになりかねない。僕は現在の社会において、ダイバーシティは大人のビジネスマナーや教養として身につけておくべきだと考えています。

森:そう思います。私たちもまだまだ勉強していかないと。ライフネット生命では2013年からLGBTを含むダイバーシティ研修を始め、2015年からは定期的に研修を行っています。経営理念は、「正直に経営し、わかりやすく、安くて便利な商品・サービスの提供を追求する」こと。そうした組織を目指して、フェアなサービス、商品を提供し、良い会社であり続けたい。そして、早くLGBTについて研修する必要がない社会にしていきたいですね。

<プロフィール>
杉山文野(すぎやま・ふみの)
1981年東京都新宿区生まれ。フェンシング元女子日本代表。早稲田大学大学院にてジェンダー論を学んだ後、その研究内容と性同一性障害と診断を受けた自身の体験を織り交ぜた『ダブルハッピネス』を講談社より出版。卒業後、2年間のバックパッカー生活で世界約50か国+南極を巡り、帰国後、一般企業に3年ほど勤め独立。2014年に多様性に富んだ人々がフラットに集まれる場づくりと、多様性に関する講演/研修/企画提案事業の二つの事業を行う株式会社ニューキャンバスを設立。日本最大のLGBTプライドパレードである特定非営利活動法人 東京レインボープライド共同代表理事、セクシュアル・マイノリティの子供たちをサポートするNPO法人ハートをつなごう学校代表、各地での講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也