左から森亮介(ライフネット生命保険 社長)、鬼塚眞子さん(保険ジャーナリスト、ファイナンシャルプランナー)

数々のメディアで活躍するファイナンシャルプランナーでありながら、介護相続コンシェルジュ協会や日本保険ジャーナリスト協会の代表理事を務める、保険ジャーナリストの鬼塚眞子さん。そんな鬼塚さんとライフネット生命社長の森亮介の初対談が実現しました。

2018年6月の社長就任から1年を迎える森が、保険業界のことを知り尽くす鬼塚さんに聞いてみたかったこととは? そして、鬼塚さんの正直なライフネット生命に対する評価とは? 創業から10年の節目が過ぎようとしている今、あらためてライフネット生命のこれまでとこれからについて、互いの率直な思いを語り合ったインタビューの前編をお届けします。

■ライフネット生命の功績はある、けど……

鬼塚:森さんとは初対面ですね。

森:以前から一度ごあいさつしたいと思っていたのですが、私が横着して随分と時間が経ってしまいました。今日はお会いできることを楽しみにしていました。

鬼塚:いえいえ、そう言われたら緊張してしまいます(笑)。

森:今日は保険業界のことをよく知る鬼塚さんに、ライフネット生命のこの10年間と今後について正直なことをうかがいたいと思っています。我々自身、試行錯誤する中で創業時から考えが変わってきたところがあります。それはやはり、この10年を振り返ったとき、良かった部分とそうではなかった部分が確かにあったからです。そこでまずお聞きしたいのですが、これまでの当社の印象はどうでしたか?

鬼塚:先日、金融庁の金融トラブル連絡調整協議会の取材をしたのですが、保険業界に対して、「もっとこうなったらいいのにな」と思うことはあります。でも同時に、そこで寄せられるいろんな相談を聞いていると、消費者も、もっと賢くなってほしいと感じることもあるんです。これは、ひとえに保険ジャーナリストの努力不足によるものだと反省しています。ただ、僭越ながら保険代理店やメディアの責任もあるのでは? と思う時もあります。

たとえば、「保険はわかりにくい」という声に対して、今は保険会社があの手この手でわかりやすく説明しようとしていて、企業努力としては限界に近い。でも、未だに解約時に違約金を取られるという間違ったイメージを持っている方もいます。

そもそも、保険には誰にでもぴったり合う商品というものはなくて、さまざまなニーズに応じた、いろんな商品プランを各社が出していますよね。そこに御社が登場して、ネット生保という新しい選択肢を加えた。それなのに保険会社とお客さまの間にいるメディアなどが、未だに一昔前のイメージで“ネット生保は安いからダメ”、というような表現をしたりするので、ネット生保に対して消費者のイメージが悪いままになってしまっていることも現状。そうではなくて、本当はお客さまの選択肢が増えたんですよ。

パッケージ型の生命保険かネットの生命保険かということではなくて、どの保険を選ぶかはあくまでお客さま次第。その意味では、保険会社各社は、保険商品にはいろいろあるけれど合うものがあればうちの保険に入ってください、というスタンスで商品を用意しています。そこはちゃんと顧客第一主義を保険業界は守っているわけです。とはいえ、昔から顧客第一主義が全体でていたかというとそうでもなくて、やっぱりそこは御社の存在が大きかったと思います。

森:光栄です。

鬼塚:ただね、最初の頃は既存の保険業界に対する否定が激しいところもありましたね。

■仮想敵をつくるコミュニケーションの是非

森:そこは私たちのやり方が間違っていたと認めなければならないところです。

鬼塚:気持ちはよくわかるんです。御社の創業時はまだみんながパソコンを持っているわけでもなくて、スマホなんて出たばっかり。私は保険業界の出身ですけど、当時は「ネット生保なんて成立しない」と業界のアゲインストが激しく、ごめんなさい、私もそう思っていました。その中で業界に風穴を開けるというのは、本当に大変だったと思います。でも、思いが強すぎる言動から、いらぬ反発を招いてしまうこともあったのではないかな、と思って。

森:我々も振り返って、「あっちはダメで、こっちが正しいんです」というメッセージが強すぎたと思います。本来であれば、「我々のやり方“も”受け入れてください」と言うべきだったんですよね。

鬼塚:共存共栄を目指すべきだったんですよ。確かに御社が登場してから生命保険にも価格破壊が起こったのも事実です。事業費などの付加保険料の内訳を開示することが、保険業界の新たな常識になるんだ、ということもお客さまに意識づけた。これは明らかに功績だと思います。ただ一方で、たとえば付加保険料の開示にしても、大手とは事業規模がまだ明らかに違うのに単純比較して、「あっちよりもうちはこれだけ安いですよ」という表現をしていました。

そんなの会社として支えている数の分母が違うから、大手とベンチャーで付加保険料に違いがあるのは当たり前じゃないですか(笑)。その分、大手は別のところで価値を作り出しているわけです。せっかく業界の古い慣習に一石を投じるようなことをしているのに、そういう変な受け止められ方をされる発言もあったので、それはね、つくらなくてもいい敵をつくりますよ。

森:我々も結果として損しますからね。私は創業には立ち会ってないのですが、ゼロからイチをつくるときには、仮想敵をつくるということが必要だったのかもしれないとも思います。以前ある人から聞いたことなんですが、「これを倒さなければならない」というメッセージを打ち出したほうが、新しいものは広がっていきやすいそうなんです。

しかし、今は2人の創業者のおかげでビジネス基盤ができ、仮想敵をつくって自分たちを際立たせることをしなくても、自ら一定の光を放つことができるようになってきたので、そこはかなり変わってきた部分だと思っています。

■「もっとも苦しかった時期」の内幕

鬼塚:もちろん、ゼロからスタートすることの苦労はわかります。当時のことですごく覚えているのは、うちの子どもは早稲田大学に通っていたんですけど、その学食のトレーすべてにライフネット生命のチラシがあったんですよ。そのチラシには、若い人に保険について知ってほしいから、どんな小さな集会でも創業者自らが創業の思いとともに、お話しさせてください、と書いてありました。それを見て、「ここまでやるのか!」と驚くと同時に感動しました。

まさに情熱と覚悟の表れだと思うんですけど、チラシを読みながら、「それなら、もっと保険業界を上手に利用してほしいな」とも思っていました(笑)。なんでも自分たちだけでやろうとしていましたよね。よかれと思って業界の人が、私も含めてですけど、ただ安いという訴求だけじゃ先がないですよとアドバイスしても、聞く耳持たなかったですしね。だから、創業時は孤独だったのと違うのかなと。これが、私が御社に抱いていた正直な印象ですね。

そこで私からも聞きたいんですけど、御社はネット専業だけでスタートしたのに、ある時期から対面販売の保険代理店でも取り扱いが始まりましたよね。「ライフネット生命もついに迷走か?」と心配になったんですが、あれは何が理由だったんですか。

森:当時を思い返すと……、2014年に対面チャネルでの取り扱いが始まったのですが、我々が非常に苦しんでいた時期なのは間違いないです。どうしても契約者数が伸びなかった時期ですね。まだまだネット生保には伸びしろがあるはずなのに、思うように契約者数が増えない。社内でもずっと、なぜだろうかと議論していたことを覚えています。対面チャネルでの推進を行うようになったのは、その議論から生まれた仮説を確かめるためでもありました。

鬼塚:それはどういう仮説だったんですか?

森:ひとつには、我々がメインのお客さまとしていた20代、30代の子育て世代の方々が、普段はネットで買い物や調べものをしているにもかかわらず、生命保険となるとネット上での比較検討よりも、保険ショップのような対面の相談窓口でのコンサルティングを支持しているのではないかということでした。

当時の我々は保険ショップに商品を置いていなかったので、そこでどんなことが相談されていて、どんな商品が売れるのか正確にはわからなかった。だから、あそこでは何が起こっているのかということを知り、次の展開のヒントを見つけるための、ある種の潜入捜査のような気持ちで新しい世界に入っていったんです。

鬼塚:保険ショップが若い人からも支持されたのは、広告の力が大きかったと思います。ものすごく大量にテレビCMをやっていましたからね。その結果、保険のことをよく知らないお客さまは、「とりあえず、あそこに相談してみようか」となった。

森:それはあったと思います。あともうひとつは、就業不能保険です。まだ一般的ではない商品をいかにネットで売るかということが、ものすごく大きな課題としてありました。通常の消費者心理としては、よく知らないものをネットで買うということには抵抗感があります。商品の中身には自信があっただけに、就業不能保険というカテゴリー自体が知られていない状況で販売するためには、対面でコミュニケーションを補完することも必要ではないかという結論になったんです。

鬼塚:ほんの数年前のことではあるんですけど、まだ当時の日本には就業不能保険は損保系商品しかなかったですよね。今みたいに働けなくなることのリスクに世の中の目が向いておらず、なぜこういう商品が重要なのか、ということも伝わりにくかったと思います。でも、働き方が多様になればなるほど、絶対にそういうリスクに備えることが必要になる。だから、生保としては御社がいち早く世間に先駆けてそこに目をつけた商品を発売したということは、私はすごいことだったと思います。

森:ありがとうございます。

■今後のライフネット生命が注力すべきこと

鬼塚:逆にいうと、今は就業不能保険も他社に広がってきましたから、今までのような差別化は難しいのでは? と思うんですが、そこは今後どうされていくつもりですか?

森:それについては私自身も、「今後の当社はここに注力していくべきだ」と発見したことがあるんです。

鬼塚:ぜひ聞かせてください。

森:当社の差別化について、一時期は「やはり保険商品が差別化の鍵ではないか」という話をよくしていました。ネットはプッシュではなくプル型のコミュニケーション、つまり、お客さまが自ら来たくなるようなサービスをいかにつくるかということが大切ですから、わざわざ当社のサイトを訪れたくなるようなユニークな商品がなければならないと考えていました。「最安値」とか「ここでしか買えない商品」とかですね。

それは安さのアピールにも言えます。創業時の考え方というのは、我々は商品をつくるメーカーであり、メーカーがお客さまに直接商品を届けることができたら、中間のマージンが必要なくなるので安く提供できる。それを実現できるのがインターネットであり、だからネット専業の保険会社を始めます、というものでした。

しかし、いち消費者としての自分自身の行動を振り返ってみたときに、私もネットで買い物をしますが、消費者は必ずしも安さだけ、あるいはここにしかないものだけを求めているわけではないと感じているんです。むしろ、大量の情報に手軽にアクセスできる中で、それを選びやすいかたちに整理して、自分にとって気持ちよく意思決定ができる場として使っているという側面があるのではないか、と。

「インターネットで売るから安いんです」というのは本来、我々がやるべきことの一部でしかないはずです。これまで生命保険というものは誰かに勧められて買うことが多かった。しかしインターネットの一般化によって、お客さまが自分で比較検討して買うという方向に、少しずつではあるけどもシフトしてきている。我々はそこをちゃんとサポートしないといけない。

インターネットはあくまで手段であり、時にはネットだけにこだわらず、お客さま主導での買い物をサポートしていく――我々のやるべきことはそういうことなのではないかな、と。そう考えると、お客さま自身が理解して納得できるような商品でなければ、気持ちのいい買い物というのはできないので、必然的にわかりやすくてシンプルな商品になるはずです。その結果として、お求めやすい価格になっていく、ということであり、単純に安さをアピールすることを目的にしてはいけないと今は思っています。

(後編に続く)

<プロフィール>
鬼塚眞子(おにつか・しんこ)
大手生保会社の営業職、業界紙の記者を経て、2007年に保険・福祉介護ジャーナリスト、ファイナンシャル・プランナー(FP)として独立。2014年に一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会を設立。同協会の理事長として企業の従業員、介護施設の入居者や親族の相談業務を行っているほか、2017年には一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会を設立した。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/小山田裕哉
写真/村上悦子