左から森亮介(ライフネット生命保険 社長)、鬼塚眞子さん(保険ジャーナリスト、ファイナンシャルプランナー)

数々のメディアで活躍するファイナンシャルプランナーでありながら、介護相続コンシェルジュ協会や日本保険ジャーナリスト協会の代表理事を務める、保険ジャーナリストの鬼塚眞子さん。そんな鬼塚さんとライフネット生命社長の森亮介の初対談が実現しました。

今年6月に社長就任から1年を迎える森が、保険業界のことを知り尽くす鬼塚さんに聞いてみたかったこととは? そして、鬼塚さんの正直なライフネット生命に対する評価とは? 創業から10年の節目が過ぎようとしている今、あらためてライフネット生命のこれまでとこれからについて互いの率直な思いを語り合った対談記事の後編をお届けします。
前編はこちら)

■10年続けて見えたポジティブな驚き

鬼塚:前回は森さんが考える今後のライフネット生命の方向として、よりお客さま目線に立ったサービスをつくっていきたいというお話をうかがいました。そのうえで聞きたいことがあります。それは告知義務違反(告反)と解約率についてどう考えてらっしゃるかということです。

※告知義務違反=保険契約の際に現在の健康状態や病歴、身体の障がい状態などについて、被保険者自身が故意または重大な過失によって事実を告知しなかったり、事実と違うことを告知すること。

森:そこはネット生保の課題ですね。極端なことを言えば、明らかに健康状態の悪い人でも、ネット生保なら「健康です」と偽って申し込むこともできてしまいますから。

鬼塚:いろんなところに保険の加入を断られた人が、「ネットならばいけるかも」とダメ元で申し込むこともあるんですよね。解約率も、ネット生保はお客さまとの関係性が希薄になりやすいため高めになる危うさがある。実際、対面販売に比べて、ネット生保は告反と解約率が高いのではないかと当初から言われてきました。お客さま目線に立ったサービスになればなるほど、「入りやすく、抜けやすい」ものになっていくという問題があると思うんですが、そこは御社はいかがですか。

森:これは10年やってわかったポジティブサプライズなんですが、どちらも当初の想定よりも低い水準で推移しています。やはり10年20年、医療保険でいうと一生涯のお付き合いになるご契約ですから、我々も、心地よい距離感を模索しながらですが、たとえば更新を迎えるお客さまへのレターの内容にこだわってみたり、ふれあいフェアというご契約者と直接触れ合う機会を設けたりして、長くお付き合いしていただけるような取組みをしています。決して、まだ完成形ではありませんが。

鬼塚:告知義務違反防止の特別なシステムなどを入れてらっしゃるんですか?

森:引受審査における独自の工夫は確かにあります。当社は、ネット申込みではあるのですが、なるべく多くの方にご加入いただきたいという思いから、少しでも可能性のある方のお申し込みについては、細かくやり取りをさせていただいて引受の審査を行います。効率の面からすると機械的に一定基準で審査するというのは利点なのですが、お客さまが申し込み時に告知くださった内容だけではわからないこともありますから。通院の状況は? 投薬状況は? 症状が落ち着いてどれくらい経ちますか等々を改めてお伺いすることで、お引き受けできることもあるんです。詳しく聞いてみたら、実はまったく問題がなかったという場合もありますし。もちろん逆も然りです。

また、外から見えることで言えば、数十円単位の最安値にはこだわっていないということもあります。モラルの低い人は安く申し込んで大きなリターンを得たいと思うので、まず最安値の保険会社に申し込まれる傾向があるからです。最安の水準であることは、子育て世代の方々のためにも重要なことですが、最安値である必要はない、という考えです。

鬼塚:いくら「ネット生保は便利でいいよね」となっても、悪い支払いが増えて業績が悪化したら、本当に大切にしなきゃいけないお客さまを守れなくなってしまいますからね。実は、そこをちゃんとすることが本当の顧客本位だと思います。

森:おっしゃるとおりですね。ゲートキーパーとして汗をかいている現場の社員たちのおかげですし、顧客本位であることは大事なことだと実感しています。

■ほかの業界で起こることは保険業界でも起こる

鬼塚:森さん個人のことも聞きたいんですが、前職はゴールドマン・サックスですよね? どうして辞められたんですか。

森:前職では投資銀行のバンカーとして、保険セクターも担当していました。それでライフネット生命のことは設立当初から注目していました。当時はすごい激務でしたが、ゴールドマン・サックスの仕事自体は好きだったので、特に不満はなかったんです。しかし、それからしばらく経って長男が生まれたタイミングに、家族や仕事のことも含め、将来どういうライフスタイルを送りたいかあらためて考えました。

そのときメッセージや理念といったものを掲げて仕事ができるライフネット生命という会社に魅力を感じたんです。実際、そういうところに惹かれて転職したいと面接で言ったことを明確に覚えています。

鬼塚:ということは、自分から応募されたんですか?

森:そうです。

鬼塚:それは珍しいですねぇ。ゴールドマン・サックスと言えば、超高給取りじゃないですか。そこを捨てて保険業界に入ってくるなんて、もったいない(笑)。

森:いやいや、そんなことはないですよ(笑)。

鬼塚:最初にゴールドマン・サックス出身と聞いたとき、「これは前職でよっぽどのことがあったのかな?」と思ったんですよ(笑)。

森:(笑)。そもそも4、5年での転職が当たり前の会社ですし、当時はベンチャー企業に転職する人が多かったので、そんなに珍しいことではなかったですよ。

鬼塚:そういう背景がある森さんは、保険会社の社長として、業界をこうしたいというのはありますか?

森:やはり、私自身がいち消費者として、「変だな」と思う部分は変えていきたいし、変わっていくだろうと思います。よく「保険業界は特殊だから」と言われますが、ほかの業種業態で起こっていることは、そのうち保険業界でも起こると考えたほうが自然です。たとえば、同じ商品でもネットと対面販売で価格が違うといったような「一物二価」だって、生保業界にはありませんが、世の中では広がってきています。それが消費者にとっての当たり前になったとき、その流れと保険業界だけが無縁ということはないはずです。

■なぜ保険ジャーナリストの協会をつくったか

鬼塚:私は保険業界は本当に「ムラ社会」だと思っているんです。世の中の変化のスピードに対して、あまりにも危機感がなさすぎる。たとえば、もっともっと世の中にテレワークが浸透したら、ネット生保の強みはますます出てくる。しかも、保険を比較検討する際に今は多くの人が保険ショップに行っていると言っても、それは「だからこの先も保険ショップは安泰」ということじゃない。

だって、あるシンクタンクの予測では、10年~20年後には現在の職業の約49%がAIやロボット等で代替可能になると言われていて、保険のレコメンデーションなんて、全部AIに置き換わるかもしれないじゃないですか。でも、そういうことを考えている人はあまりにも少ない。ムラ社会の中だけで仕事をしているから、視野が狭すぎるんですよ。保険ジャーナリストとしておかしいことはおかしいと言うのですが、聞く耳を持っていただけない。業界全体のこととして考えていただけない。

成熟した業界には大体、ジャーナリストの協会があります。しかし、保険業界にはそれがなく、メディアも誰が専門家なのかわからないから、保険数理的に正しくないにもかかわらず、斜に構えた意見が正しいと思ってしまう。保険ムックが発売間近になると、一部の保険会社による過剰なFP接待も業界では問題になっている。そういう状況では公平な競争ができないので、私は2017年に一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会をつくったんです。

森:そういう理由だったのですね。

鬼塚:見出しが強いほうが記事が売れるから、メディアは否定的なことばかり書くんです。未だに「民間の保険は不要」なんて書くところまである。それは違うでしょうと言わないといけない。大病で働けなくなったときに助かったという人がいる一方で、うちの父みたいに一回も保険の世話にならず90歳でも元気な人もいる。確かに、うちの父は「わしは病気をしなかったから保険はムダ」と言います。でも、大切なことは人間はどちらのケースもあり得るということで、保険があったから助かった人のこともちゃんとバランスをとって伝えないといけない。

森:それはわかります。当社が考える保険の基本は、起きる可能性は低いけど、起こったら大変なことになってしまうことに備えよう、だからそのために掛け捨て型のシンプルな商品を用意します、ということなんです。

鬼塚:まさにそれが保険の基本ですよ。それで思うのが、話が飛んで申し訳ないんですけど、うちの息子がYouTuberなんです。

■YouTuberに保険を勧めるには?

森:そうだったんですか!

鬼塚:YouTuber事務所のUUUMに所属していて、おかげさまでチャンネル登録者数が36万人を超えました。

森:すごい。うちの契約者数と同じくらいの規模ですね。

鬼塚:そんな息子なんですけど、あの子らの世代について話を聞いたら、これがまったく保険に興味ないんです。おカネに余裕ができると、余計にそうなんです。その気になれば何でもやって稼げるというふうに考えているから、社会保険と民間の保険の違いが分からないし、面倒だから、一層のこと、最初からどちらも入らなくていいものだという風潮になっている。それがすごく心配なんですよ。

人生は長いし、今は稼げてもこの先に何があるかわからないよと。でも、そうやって私が言っても、「オバハンが何言うとんねん」となってしまうから、御社みたいな会社が若い人の牽引役になってほしいと思っているんです。保険と言ってもたくさんの種類がありますけど、ライフネット生命の商品はシンプルでわかりやすいから、保険のことをちょっと勉強したいなと思ったときに入門編としてちょうどいいんです。

森:我々もそこを当社の良さとしてもっとアピールしていきたいと思っているんです。実はライフネット生命は新規のお客さまが大半なんですよ。

鬼塚:保険業界は乗り換えが多い中で、すごいじゃないですか。しかも訪問販売をしていないわけですからね。

森:約6割の方が新規申し込みなんです。

鬼塚:それは生命保険に入ること自体が初めての方?

森:そうです。もちろん、まだまだボリューム自体が小さいのですが。それにこれは逆に言うと、乗り換えには弱いということでもありますから、我々が強化していかなければならないポイントでもあります。

鬼塚:でも、これからは可処分所得が減って税金が上がるので、保険の見直しのニーズは増えていくはずですよ。

森:当社は30代の子育て世代が中心で、それはやはり結婚、出産といったライフイベントをきっかけに初めて生命保険を検討される方が中心ということなんです。だから見直しのタイミングで、「ライフネット生命という選択肢がありますよ」ということも、もうちょっと強くお伝えしていきたいと思っています。

■ライフネット生命に期待する「使命」

鬼塚:とにかく、ただでさえ世の中は少子化なんですから、若い人に社会保険料もきちんと払い、必要なら民間の保険に入ってもらわないと大変なことになるという危機感があります。若い人は個人として見たら、「いざというときに備えられるだけ稼げばいいじゃないか」と思うかもしれないけど、社会保障というのは支え合いだから、そういう人ばかりが増えると社会がもたなくなってしまいます。

ライフネット生命は森社長がまだ30代と若いのだから、YouTuber世代の子たちにも受け入れられやすい保険会社だと思うんです。ぜひね、若い人に保険の大切さを伝えてほしいです。生意気ながら、そういう使命が御社にはあるんじゃないかと思っています。

森:ありがとうございます。おっしゃる通り、それは創業者たちの時代と比べたときに、今後の私たちがやらないといけないことですね。一方で、私が彼らとは同じことはできないという劣等感もあるのですが。

鬼塚:でも、それは個性の違いですから。だって森さんには、ゴールドマン・サックス出身というギラギラ感がないですよ、いい意味で(笑)。

森:そうですか(笑)。

鬼塚:私も正直、証券会社からの転職、30代で社長と聞いて、お会いするまではかなりギラついた方なんじゃないかと思っていました。それが、この爽やかさでしょう? これはどこから来るのでしょう。やっぱり、若くして稼いだ方は違うということですか(笑)。

森:本当に稼いでないですよ(笑)。我が家は子どもが2人いることもあるせいか全然おカネが貯まらないんです。私が先生に一度、家計簿を見直してもらいたいくらいです(笑)。

鬼塚:では次回は家計の見直しをやりましょう。

森:よろしくお願いします。本当に今日は楽しい時間をありがとうございました。

(了)

<プロフィール>
鬼塚眞子(おにつか・しんこ)
大手生保会社の営業職、業界紙の記者を経て、2007年に保険・福祉介護ジャーナリスト、ファイナンシャル・プランナー(FP)として独立。2014年に一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会を設立。同協会の理事長として企業の従業員、介護施設の入居者や親族の相談業務を行っているほか、2017年には一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会を設立した。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/小山田裕哉
写真/村上悦子