2019年に初めて行われた「パーキンソン病患者のためのダンス・プログラム 〈患者さん向け〉」。椅子に座ったままできる動きが多く、症状の重い人も安心して参加できる(写真提供:彩の国さいたま芸術劇場/撮影:宮川舞子)

こんにちは、ライフネットジャーナル編集部です。
「人生100年時代」と言われる現代。年齢を重ねていくうちに、体が動かしにくくなったり、病気によってリハビリが必要になったりすることが、だんだんと身近になってきました。体の機能に制限が出てくると、行ける場所が限られたり、関わる人が少なくなったりすることは想像に難くありません。
社会的なつながりを保つことやQOL(生活の質)の向上のために、海外でもさまざまな取り組みがなされています。

今回は、そういった海外の事例を参考にして始めたというダンスクラスを取材しました。
彩の国さいたま芸術劇場と、スターダンサーズ・バレエ団総監督・小山久美さんが取り組んでいる「パーキンソン病患者のためのダンス・プログラム 〈患者さん向け〉オンライン・クラス」です。

参加者から「音楽と一緒に体を美しく動かせてうれしい」と評判なのだそうです。その取り組みの背景やクラスでの工夫を伺いました。

■バレエダンサーが教える、オンラインのダンスクラス

「こんにちはー!」
「今日はお友達に誘われて参加しました」
「こういうのは初めてだから不安でしたけど、つながってよかったわー」

ダンスクラスの開始時刻が近づいてくると、オンラインの画面に続々と参加者が集まってきます。年代は30代から80代までと幅広く、参加エリアも全国に及んでいます。彩の国さいたま芸術劇場とスターダンサーズ・バレエ団の主催で、月1~2回ほどオンラインで行われているものです。

クラスは、小山さんの「みなさん、無理をせずに、ご自分のペースで楽しんでくださいね」という声がけからスタートします。

オンラインで行われたダンスクラスのようす(写真提供:彩の国さいたま芸術劇場)

プログラムは椅子や車椅子に座ったままできる動きで組み立てられており、持病や障害のある人も無理なく参加できるようになっています。

小山さんが振付のお手本を見せ、参加者と一緒にピアノの音楽に合わせて動いていきます。
耳馴染みのよい「朧月夜」や、クラシックの名曲まで、音楽のバリエーションも豊富です。

特長的なのは、小山先生のガイダンスが音楽に乗って穏やかで、気持ちよく動ける表現であること。腕を大きく伸ばすときには、「遠くの月を眺めるように」。「大切なものを抱きしめるように優しく、大きく動かして」といった、イメージを喚起する言葉が続きます。手足を動かす短いフレーズの振付なので、ダンスに馴染みのない方でも安心です。

小山さんの動きは、美しく、とても表情豊か。そんな素敵なお手本を見ながら体を動かすと、自分までつられて美しく動けているようで、とても気持ち良い!

伸びやかに動ける穏やかなガイダンスとともに、優雅なお手本を見ながらクラスを受けられます(写真提供:彩の国さいたま芸術劇場)

画面を通して伝わってくるのは、参加している人たちの楽しそうな様子や、一緒に後ろで参加しているお孫さんたちとのほのぼのした空気。時間が経つにつれ、ダンスの魔法にかかったように、参加者の動きが少しずつ伸びやかになっていくのがわかります。

クラスが終了すると、参加した人は口々に「楽しかった」「良い汗をかきました」「音楽も素敵で、うれしくなりました」「先生の動きが美しい」「毎回どんな動きが出てくるのかわくわくします」と言いながら、また参加しますと手を振って退室していきました。

■Dance for PD®との出会い

クラス終了後、このプログラムを担当する彩の国さいたま芸術劇場の請川幸子さんと講師の小山久美さんに、お話を伺いました。

このダンスクラスは、もともとはニューヨークで始まり、世界25カ国に広まっている「Dance for PD®」の日本でのプログラムです。

「劇場でどのような企画を行うか、海外も含めてさまざまな事例をリサーチしていくうちに、ニューヨークで始まった『Dance for PD®』を見つけました。動画を見ると『ダンスクラスは明日の朝起きるための力になる』と参加者の方がコメントされていたのがとても素敵で、ぜひ当劇場でも取り組みたいと思ったのです」(請川さん)

Dance for PD®のプログラムは、プロのダンサーとしてのキャリアを持つ人でなければ指導資格が得られないため、劇場で指導者を一から養成するのは難しく、実現するには講師をどうするかが課題でした。

Dance for PD(R)の公式サイト

請川さんと小山さんがとある会議の場で出会ったとき、両者の持つリソースが、パズルのピースのようにピタリとはまることがわかり、このプログラムが実現することとなったそうです。

■ダンスの職能が生きる道

実は、小山さんは、ダンスの新しい可能性を広げようと、すでにニューヨークでDance for PD®の指導者コースを受講していたのです。

指導者コースでは、まずパーキンソン病の症状などについて学び、それを踏まえて各自ダンスのプログラムを創作し、フィードバックを受ける形で、プログラムを磨いていきました。

「パーキンソン病患者の人は、『すくみ足』という症状が出て、前に足を踏み出すのが難しい場合もあります。そういった方でも、『横に体を揺らしておいて、その流れで横にステップを踏むのは比較的やりやすい』など、症状に合った動きがあるのです。

固縮している体をなるべく大きく動かすには『もっと大きく』と声がけするよりも、『遠くの○○にタッチするように』などのイメージを使うようにという指導も受けました」

小山さんの指導は、スターダンサーズ・バレエ団のスタジオから中継(写真提供:スターダンサーズ・バレエ団)

「リズムに揺られてステップを踏むときの呼吸や、言葉のイメージによって動きを引き出すところなどは、ダンスのプロとしての経験がある人は、必ず感覚として身についているものです。無意識のうちに体で覚えて理解していたことを、改めて掘り下げることで、ダンスの職能が役に立つことを実感しました」

■芸術プログラムが、人と社会をつないでいく

請川さんのリサーチした海外の劇場のプログラムの中には、驚くほど社会性の高いものもあります。

「特にイギリスの劇場や芸術団体は、さまざまな社会的プログラムに力を入れています。例えば病気によって、演劇を見るのが難しくなる方もいらっしゃるんです。音と光に敏感になって、刺激が強すぎて辛くなったり、ストーリーラインが複雑だと追いきれなくなったりすることもあります。そうした点への配慮を加えつつ、芸術的なクオリティも高い公演も作られています」

このような社会的プログラムが、人と社会のつながりをつくり、高齢者や病気の人を孤立させないことや、健康を促す役割を果たしていると言います。

請川さんによると「リハビリではうまく体を動かせないけれど、ダンスの流れの中だと自然に動かせる」と話す参加者の方もいるのだそうです。

「ダンスクラスの参加者は、それまでダンスに縁がなかった人が多いのですが、高齢になっても、病気になっても、新しいチャレンジができるのは、うれしいですよね」

■心が動くことがダンス

小山さんがダンスクラスを指導するときに気をつけているのは、伝え方によって参加者の動きも変わるため、反応をみながら、できるだけ気持ちよく動いてもらえるようにすること。

「心が動いていれば、もうそれはダンスなんです。私は5歳のときからバレエのテクニックを磨いてきましたが、このダンスクラスの指導を経験して、逆にダンスのピュアな部分に気づかされた思いがしています。

昨年、私のバレエ団からも若いダンサーたちが何人か指導者クラスに参加しましたが、彼らも同じようなことを感じとって、涙を流さんばかりに感激していました。ダンサーはみな、ダンスを通して人に喜んでもらいたい、社会の役に立ちたいと思っているものなんです」

ダンスクラスが終わった後、参加者の方が「体を動かすためのリハビリとはまた違う、美しくて気持ち良い運動を教えてくださって感謝しています」とお話しされたのが印象的でした。
小山さんのダンスクラスでは、表現をする楽しさや音楽の美しさを思い出させてくれます。美しいものに合わせて自分の体を動かす時間があることは、毎日の楽しみや安心につながるのだと思います。

年齢を重ねたり、病気にかかったりして体が動かしづらくなったときでも、初めてのことでも踏み出してチャレンジしてみようかなと、そんな気持ちになれる時間でした。

<プロフィール>
請川幸子(うけがわ・さちこ)
日本と英国で舞踊学・舞踊人類学を修めた後、2004年から彩の国さいたま芸術劇場でダンスのプログラムを中心に公演・ワークショップ等の企画制作に携わる。2016年からは同劇場の高齢者プログラムの開発・実施を手がけ、「世界ゴールド祭」等を担当。現在は、高齢者に限らず多様な人々の集う劇場を目指した事業に取り組んでいる。

小山久美(おやま・くみ)
1979年、スターダンサーズ・バレエ団入団。1984年、North Carolina School of the Artsに留学。その後、文化庁在外研修員として渡米、翌年より、フロリダのタンパ・バレエ団に参加。帰国後は、「ジゼル」をはじめ、当バレエ団公演の数多くの作品に主演した。1992年、村松賞受賞。2003年、スターダンサーズ・バレエ団総監督に就任。2008年より昭和音楽大学短期大学部教授。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル 編集部
写真提供/彩の国さいたま芸術劇場、スターダンサーズ・バレエ団