■それがロボットだと忘れてしまう
「いらっしゃいませ! 分身ロボットカフェにようこそ」
そんな明るい挨拶とともに注文したコーヒーを持ってきてくれたのは、身長120cmほどの大きさの「OriHime-D」。寝たきりや難病などで外出困難となった人たちが自宅から遠隔操作する“分身ロボット”です。
この「OriHime-D」が働くのは、東京・港区の日本財団ビルに11月27日から12月7日までの期間限定でオープンした「DAWN ver.β」。ロボットベンチャー企業「オリィ研究所」が中心となり、日本財団やANAホールディングスの協力のもと、試験的な「β版」として初めてお披露目されました。
このカフェではロボットを操作する人たちを「パイロット」と呼んでいます。今回の試験オープンでは全国各地に住む10名の「パイロット」が雇用されました。それぞれALS(筋萎縮性側索硬化症)や事故による脊椎損傷など重い障がいを持ち、自宅からの外出が困難になった人たちです。
こうした障がい者の方々は、これまで「働きたい」と思っても、働くことが難しい現実に直面してきました。しかし、自分の代わりとなる「分身(アバター)」があれば、働くこともできるはず──。そんな「アバターワーク」の可能性を実証するための場として、この取り組みは行われました。実際、「パイロット」たちはボランティアではなく、時給1000円のれっきとした「店員」として雇われています。
今回のカフェで実装された「OriHime-D」は、コーヒーを運ぶ、相槌を打つなど、最小限の機能に制限されていました(本来はコーヒーをつかんで手渡すことなどもできるそうです)。それは最初からさまざまな機能を盛り込むのではなく、パイロットや来店客の意見をフィードバックさせながら必要な機能を付け加えていくためとのこと。そのため、移動しているところを見ているだけでは、正直なところ、「大きなロボットが動いているな」という印象を受ける程度でした。
しかし、実際に接客を受けて会話してみると、この印象はガラッと変わります。
脊髄炎により車いすユーザーとなった勝なおこさんは、岐阜県のご自宅から操作していました。「こんなにたくさんの視線が集まるなんて、まるでアイドルになった気分です」と笑って話すと、会話に合わせてロボットの目が光ります。たったこれだけの変化なのに、無表情なはずのロボットが、勝さんに合わせて笑ったように見えました。
小型の「OriHime」で接客してくれたのは、埼玉県から参加した村井左依子さん。身体症状症(身体表現性障害)のため外出困難となった村井さんが、「こうして外の方とお話するのはすごく久しぶり。今は汗が止まらないくらい緊張しています」と言うと、ロボットも恥ずかしそうに顔を覆います。その動きがかわいらしく、会話を続けるほど惹き込まれていきます。いつしか私たちはロボットを介したコミュニケーションであることを忘れ、村井さんその人と自然に話しているように感じていました。
いったい、これはどういうことなのか?
■リアクションがコミュニケーションのカギ
オリィ研究所の所長であり、「OriHime-D」を開発した吉藤オリィさんは以前、当サイトのインタビュー(前編)にもご登場いただきました。
幼少期から周囲に馴染むことができず、小・中学生ときには3年半の不登校も経験。もし、自分の代わりに学校に通ってくれる「分身」がいたら、みんなと同じような時間を過ごせたかもしれない……。
そんな思いから、オリィさんは2010年に最初の小型ロボット「OriHime」を開発。体長20cmほどのボディにカメラ、スピーカー、マイクを内蔵し、遠隔操作にもかかわらず本人がそこにいるかのように会話できる“分身ロボット”を作り上げました。この画期的なロボットの開発意図について、オリィさんはインタビュー当時、次のように語ってくれました。
思えば、私が学校に居場所がないと感じたのも、久しぶりに学校に行って、「おはよう」って挨拶しても誰も返してくれないことが辛かったからです。透明人間になってしまったような気分になりました。リアクションがないとコミュニケーションが生まれず、「ここに自分の居場所はない」と感じるんですね。
そこから不登校の人や入院中の人が、家や病院にいながらも仲間とコミュニケーションができる「分身ロボット」を作りたいと思いました。たとえ寝たきりでもロボットを通じてリアクションのやり取りがあり、コミュニケーションが発生すれば、「そこに自分の居場所がある」と実感することができるからです。
「不登校の経験が生んだ優しいイノベーション/ロボット開発者・吉藤オリィさん」より
このカフェのロボットたちは、AI(人工知能)を搭載していません。すべての動き、すべての声はパイロットの操作によるものです。私たちの「ほかにどんな動きができるんですか?」という問いかけに対して、村井さんは「実は裏技で『投げキッス』もできるんですよ」と言って投げキッスも披露してくれました。そうした動きのひとつひとつが愛らしく、「ロボットと会話している」ということを忘れさせてくれます。
リアクションのやり取りがあることで、そこにコミュニケーションが成立する。コミュニケーションが生まれれば、寝たきりの人だって外の世界に「自分の居場所」を作ることができる。そうしたオリィさんの言葉の通り、この日、私たちを接客してくれたパイロットのみなさんは、口を揃えて「働くのが楽しい」と語っていました。
この“分身ロボットカフェ”が照らすのは、障がい者の方々の未来だけではありません。オリィさんは障がい者の就労支援に留まらず、もっと広く「孤独」の解決を目指しています。
<現在日本には、病気やけがで学校に通えない子どもが4万人以上います。また、15歳〜39歳人口における広義のひきこもりの推計数は54万人、ひとり暮らし高齢者は900万人という数に上ります。身体障害・高齢・育児などの理由で、外出する際に何らかの困難を伴う「移動制約者」は3,400万人を超えるというデータもあります。国際的にみても、2018年にはイギリスで「孤独担当大臣」のポストが内閣に新設されました。孤独は、鬱や認知症の原因になるともいわれており、確実に社会問題化しています>
(オリィ研究所 Webサイトより)
移動やコミュニケーションに問題を抱える人たちに、分身ロボットを通じて社会参加の機会を生み出していく。今回は試験オープンでしたが、このカフェは2020年の常設店化を目指しています。その試みがうまくいけば、日本だけでなく、世界中で孤独に悩む人たちが「自分の居場所」を見出すきっかけになるかもしれません。
さらに介護や育児で会社に通うことが難しい人だって、分身ロボットがあれば自宅から出勤することができるし、台風の日には会社に置いてある分身ロボットを起動して遠隔操作で働く……なんて未来も実現できそうです。
この分身ロボットカフェは、さまざまな問題を抱える今の日本に、大きな希望をもたらす取り組みと言えるのではないでしょうか。
<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン編集部
撮影/村上悦子