ライフネットジャーナルオンラインでも多くの記事を手掛けてくださっているフリーライターの三田村蕗子さんに、『働く女性のための がん入院・治療生活便利帳 40代、働き盛りでがんになった私が言えること』という岩井ますみさんの本をご紹介いただきました。


『働く女性のための がん入院・治療生活便利帳40代、働き盛りでがんになった私が言えること』
岩井ますみ著(講談社)

私には入院経験が一度もない。若年性白内障の手術を受けたことはあるが、両目とも外来での手術だった。気管支がちょっと弱いことをのぞけば、大きな病気や怪我の経験はゼロだ。頑丈に生んでくれた親にはただ感謝するしかない。

だが、体はどんどん老化していく。日本人の二人に一人は生涯でがんになるという。加齢とともにがんのリスクは高まるのだから、「がんにはどこかでなるのだ」と覚悟はしている。

とはいえ、正直なところ、どこか他人事でしかない。その私に、がんになるとはいったいどういうことなのかをリアルに教えてくれたのが、『働く女性のためのがん入院・治療生活便利帳』だ。

働き盛りの40代に大腸がんと診断され、その後、転移も経験しながら手術や抗がん剤治療を受け、健康を取り戻した岩井ますみさんは、主に「働き盛りでがんになった女性」を対象に、告知から入院、退院後の治療と主治医との接し方、通院や外出時、家での闘病など、病気であっても日々、明るく過ごすヒントを紹介している。

ヒントは実に具体的だ。がんになったことを友人知人に告知するときには「すっぴんを見せられる人のみにした方がいい」と岩井さんは勧める。「仲が良い人」ではなく「すっぴんを見せられる人」という表現のなんとリアルなことか。「すっぴん」イコール「心を許せる人」。女性ならすぐに誰に話せばいいのか、顔が浮かぶはずだ。

入院前に何をすべきかのくだりでは、退院後の自分のための食事として「消化がよく、栄養価のあるものを数日分用意しておくと便利」だと書き、帰宅後にはすぐに横になれるよう、「ベッドメーキングしておこう」とアドバイスする。入院する日に着ていく服は、退院時に着ることも考えて、「伸びのよいレギンスとチュニックやワンピースは、比較的安心できる」と勧めている。

自身の経験を踏まえたアドバイスの数々はどれもわかりやすく的確だ。入院中の生理に備えての準備、入院時の必需品、あったら便利なもの、主治医に質問するときの注意点まで、きめ細かな内容で、しかも曖昧にぼかしている箇所がない。治療のために中断せざるを得ない仕事に関しても、向き合い方、考え方がていねいに述べられている。フリーランスのカラーコーディネーターとして活躍し、アロマのプロでもあり、「色と香りの教室」を主宰する岩井さんらしく、色や香り、おしゃれや美容に関するヒントも役に立つ。

だが、本書は単なるヒント集ではまったくない。タイトルは「〜便利帳」であり、確かに便利に使える内容が満載だが、核にあるのは人生に対する岩井さんのポジティブで懸命な美しい姿勢だ。深刻な事態に直面しても、どうしたらより快適になるのか、何か楽しく快適に過ごす方法があるのではないかともがきながら、実践し、前に進もうとするひたむきさが本書を貫いている。

読み終わった後に、彼女からエールを送られたような暖かな気持ちに包まれるのは、表面的なノウハウ集に終わっていないからだろう。がんになっていない私ですらそうなのだから、経験者であればなおさらだ。人生を大切に、自分なりに美しく生きなければ。そう思って本書を閉じた。いつかに備えて手元に置いておきたい一冊だ。

<クレジット>
文/三田村蕗子
福岡生まれ。津田塾大学学芸学部卒業。マーケティング会社、出版社勤務を経てフリーに。ビジネス誌、流通専門誌など、ビジネスの領域で活動するライター。主な著作に『ブランドビジネス』(平凡社新書)、『夢と欲望のコスメビジネス』、(新潮社新書)『論より商い』(プレジデント社)、『アイリスオーヤマ 一目瞭然の経営術』(東洋経済新報社)など。