永江耕治さん(株式会社エーピーコミュニケーションズ 取締役副社長)

2010年8月に精巣がんに罹患しながらも、翌年1月から仕事に復帰し、現在はITソリューションを手がける株式会社エーピーコミュニケーションズの副社長を務めている永江耕治さん。職場環境を整える立場でもある永江さんが考える、がんサバイバーにとって理想の会社、社会とは?(前編はこちら)

■「病気になる前よりも、なった後の人生のほうがよりよくすることだってできる」

──永江さんは自身の闘病体験を、リアルタイムでツイッターに綴られていました。きっかけは何ですか?

永江耕治さん(以下永江):がんと告知されるとまず、「情報が欲しい」と思うようになるんです。情報がなくて不安なので、私も入院翌日からは、がんに関連する情報をかき集めていました。その時に、これから自分の身に起きることは同じような境遇に遭った人たちも知りたいんじゃないかと思って、当時流行り始めて間もないツイッターで記録することにしました。「自分はもしかしたら死ぬかもしれない」と思ったのも理由の一つです。何かを遺しておきたい気分だったのかもしれません。

──自分ががんであることを公表することに、抵抗はありませんでしたか?

永江:当時、私は会社の執行役員として名前が外に出ることもあったので、自分の情報をオープンに出していくこと自体には抵抗がありませんでした。公表してよかったのは、それを見た人にいい影響を与えられたことです。がんサバイバーの方から、「自分もがんになったけれど、永江さんが今の生活を楽しんでいる姿を見て励みになっています」とメッセージをもらった時は、本当にうれしかったですね。

というのも、私自身も闘病中、がんになった後も元気に活躍されている人の話を探していたからです。その中でも特に心に響いたのは、あるがんサバイバーの「病気になる前よりも、なった後の人生のほうがよりよくすることだってできる」という言葉です。自分ががんサバイバーになってからはその言葉を体現しようと生きてきましたが、実際、今の自分のほうが8年前の自分よりも充実していると感じています。

永江さんの闘病記ツイッターまとめ「僕が精巣がんになってから社会復帰するまで」より

──知り合いのがんサバイバーの方から、永江さん自身が刺激を受けたこともありますか?

永江:年下のがんサバイバーの友人から、「No Day But Today」という言葉を教えてもらいました。彼女の好きなミュージカルの曲のタイトルのようです。私ががんになった後、大切にしている「今を生きる」という考え方にも通じるところがあって、とても胸に響く言葉でした。英語だとちょっとカッコいいし(笑)。

──がんであることを周囲に知られたくないという人も多くいます。公表することのデメリットとしては、どのようなことが考えられますか?

永江:今はまだ社会で、「がん=死」というイメージを持たれがちです。がんであることを知られてしまうと、「死ぬ可能性がある人」というレッテルを貼られてしまうのではないか。職場での昇進や配属に影響するのではないか。そう心配する人は多いでしょう。私が罹患した精巣がんは、若くして罹患する人が少なくありません。

社会全体としてはマイノリティーなのでしょうが、ネットで見つけた患者会に足を運ぶと、若くしてがんになる人がこんなにいるのかと驚かされました。自分の知らなかった世界に足を一歩踏み入れたという感覚もありました。

私は結婚もして、子どももいて、仕事でもポジションを与えられているからラッキーだけれども、まだ結婚していない、まだ就職していない10代、20代の人たちは、自分はこれから先、恋愛や結婚ができるのだろうか、恋人が納得したとしても相手の両親に認めてもらえるだろうか、就職活動で不利にならないか、といった悩みを抱えています。若いがん罹患者ほど重い十字架を背負って生きているのだな、ということを思い知らされます。

■ただただ相手のことを考える「コンパッション」が組織に必要

──「がんアライ宣言・アワード」で、エーピーコミュニケーションズは「ゴールド」を受賞されました。受賞企業を代表してあいさつをされた永江さんは、がんサバイバーの方たちが働きやすい職場環境をつくるにはコンパッションが必要だと述べられました。ここで言う「コンパッション」とはどういう概念ですか?

永江:「共感」とも似ていますが、それとは異なる概念です。共感というのは、相手の中に入っていって、相手と同一化して一緒になって考えるというイメージがありますが、それだと考える側の負担も大きく、会社が回らなくなってしまいます。コンパッションというのは、相手と同一化せずに、ただただ相手のことを考えるということ。

それによって結果的に行動する人もいるでしょうが、行動しないという選択をしてもいい。そのほうが会社としては持続しやすいのかなと思います。行動がなくても、ただ「思ってくれている」と感じられるだけで、心理的安全性が高まるからです。そんな組織を作れたら、がんサバイバーにとってだけでなく、個々の事情がある人にとっても、働きやすい環境になると思います。

──社内で、ご自身の体験を生かした取り組みなどはされていますか?

永江:仕事に復帰して最初の数年は、会社で何かをやるということに対しては慎重でした。周囲の理解や同意がないまま、自分の思いだけで進めてしまうのはどうかと思い……。ただここ数年で、世間でも「健康経営」という言葉がキーワードになり、私ががんのことで取材を受けるなどしているうちに、社内でも少しずつがんという病が理解されるようになってきたな、と感じています。まさにそういうタイミングで、「がんアライ宣言・アワード」に応募してみました。ゴールドを受賞させていただいて、まず社外から反応があり、それが社内にも浸透しています。社員にとっても、今回の受賞はプラスになると思います。

■企業では制度よりもまず“空気”の醸成が必要

──「がんアライ宣言」をしている企業の中には、がんの罹患者に一時金や休暇を与える制度を導入しているところもあります。御社でも、がんサバイバー向けの制度を作りましたか?

永江:会社としてサポートをしようという風土はありますが、実はまだ制度化までは進んでいないんです。制度となると、やはりまだ大きな会社でないと対応が難しい。制度から入ろうとすると結局何もできずに終わってしまうということにもなりかねないので、急がずに、まずは空気を醸成していくことが大事だなと思っています。

がんアライ宣言・アワードでは、当社の他にも制度を持たない会社が受賞されていましたが、「制度を作りましょう」ではなく、病気の人をサポートしようという会社の姿勢を評価してもらえるというのは、とてもいい賞だなと思いました。

──がんに罹りながらも仕事を続けている方に対して、周囲の人たちが自然に接することができるようになるためにはどんなことが必要だと思いますか?

永江:がんに罹っていても、工夫をすれば元気に働けます。そのためには会社のサポートが必要です。具体的な制度がなくても、サポートをしようとしていることが当事者に伝わるだけでも心理的安全性は確保されます。また、がんアライ部のように、会社の枠を超えて横のつながりを生むような取り組みも増えるといいと思います。情報交換をしていると、自分の会社もまだできていないことが多いな、と痛感しますので。

──がんサバイバーとして、ご自身の経験を今後どう活かしたいですか?

永江:がんになると多くの方が思うことなのでしょうが、がんになってからは、「何か役に立ちたい」という気持ちを強く持つようになりました。自分ができることとして、学生向け、企業向けの講演など、頼まれれば極力やらせていただいています。ただ、ビジネススキルの面でも、周囲への影響力の面でも、自分としてはまだそこまでできていないなという印象です。

今後は就労に関して、そしてヘルスケアに関して、今まで以上に課題解決に貢献できれば、自分としてもやりがいをもっと感じられると思います。みんなにとってプラスになり、かつ社会的にも役立てるようなことが、自分の会社の強みと関連したところでできればいいなと考えています。

<プロフィール>
永江耕治(ながえ・こうじ)
1973年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、Web制作会社でエンジニアとして活躍し、2002年に株式会社エーピーコミュニケーションズに入社。エンジニア部門の責任者を歴任した後、2009年より人事部門に異動。業務の傍らNLPマスタープラクティショナー、MBA(中央大学大学院人的資源管理専攻)を取得。2018年、取締役副社長に就任。がんから復帰後は、NPOや企業などで、がんに関するさまざまな組織役職や講師として貢献。現在「がん医療と職場の架け橋」アドバイザー。
株式会社エーピーコミュニケーションズ 
がん医療と職場の架け橋

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/村上悦子